124.黒真珠うっかり誤飲事件
「ない……」
しまったはずの引き出しを開けて、ルシファーは青ざめた。あんなに魔法陣と鍵でがちがちに縛っておいたのに、中身が足りないのだ。単純にカルンが残っていたのは安心した。容疑者からアスタロトが外れた瞬間だ。
「足りないのは、黒真珠だけか」
魔力量が僅かに多かった。それだけなのだが、大粒なのでリリスかイヴのお飾りに使おうと考えていたが。まさか、考えを見透かして逃げたのか。通常ならあり得ないと一蹴するが、何しろカルンと一緒にイヴが連れ帰った真珠だ。可能性は否定せず残すべきだろう。
「あらぁ……イヴったら、何を持ってるの?」
あやしながら顔を覗かせたリリスが、イヴが握った左手を撫でる。だが開こうとしない小さな拳の隙間から、黒光りする美しい虹色が見えた。
「イヴ? 黒真珠か」
僅かな隙間から鑑定し、ルシファーがほっと胸を撫で下ろした。無くしてなくてよかった。うっかり魔王城の中で紛失したなんて知られたら、アスタロトに何を言われるか。
「おはようございます、陛下」
「おはよう、リリス、ルシファー。イヴも元気だね……ん? 何を握ってるの」
書類を持ち込んだベールと、付き合いで顔を出したルキフェルが距離を詰める。すぐに違和感に気付いたルキフェルは、イヴの手の中にある真珠に首を傾げた。それから大袈裟に嘆いてみせる。
「ルシファー、いくらイヴが持ち帰ったからって、遊び道具にしたらダメだよ。これでも一応宝石類なんだし、もしかしたら人に化けるかも知れないのに」
「あ、ああ。悪い」
引き出しが開いていて、イヴが真珠を握っている。その状況から、遊び道具としてルシファーが黒真珠をイヴに与えたと受け取ったらしい。その誤解を解く必要はない。ルシファーは尻馬に乗ることにした。
「ところで、カルンは魔力不足でしょ? 僕が魔力を供給したら、実験に付き合ってくれるかな」
箱の中で紫珊瑚がぶるぶると小刻みに震える。理解できないので首を傾げ、手の上に乗せてみた。その動きは、イエスかノーか。
「どっちだと思う?」
直感勝負のリリスに尋ねる。彼女は珊瑚状態のカルンの上に手を置いて、にっこり笑った。
「わかんないわ」
「だよな」
ルシファーも苦笑いで同意した。そうなるだろうと思ったが……珊瑚の意思など外部から理解できない。だがひとつ確かなのは、ルキフェルに預けたら最後だ。珊瑚は削られたり切られたり、逆に接着される可能性もある。
「ルーサルカに会わせてみるか」
「ルシファー様、朝から妙なことを仰っているようですが、軽く捻りますよ」
首を……。その部分だけ唇で声に出さず告げられ、背筋がぞわっとしたルシファーは慌てて前言撤回した。
「いや、やっぱり危険だからこの部屋で保管にしよう」
己の身にとっても、珊瑚にとっても危険すぎる。そんな話をする大人を横目に、イヴは真珠を口元へ運んだ。
「あぶぅ……うっ」
変な音がしたので慌てて振り返るルシファーは、青ざめたリリスの腕で痙攣する我が子に気付いた。
「リリス! イヴは……」
「あ……たぶん、飲んだの、真珠を」
なんとかしなくてはと焦るけれど、心配と恐怖で動けなくなったリリスから、イヴを受け取る。開いた口の中に真珠の黒光りする艶めいた球体が覗いた。まだ届く距離だ。慎重に魔法で引き寄せようとするが、イヴが無効化してしまう。
「っ、イヴ……今だけ、抵抗するな」
赤子に話しても通じない。焦る両親の脇で、ベールが動いた。ルシファーが抱くイヴを逆さにし、背中を強く叩く。
「けぽっ」
間抜けな音とともに、真珠が吐き出された。唾液まみれの黒真珠は、ルキフェルが見事に手のひらで受ける。
「うわぁ……べちょべちょ」
苦笑いして浄化魔法で洗い、ルキフェルは肩を竦めた。がくりと膝をついたルシファーは、イヴを落とさないようしっかり抱きしめて項垂れる。
「助かった、ベール。ありがとう」
「いいえ、ルキフェルも昔よく誤飲しましたからね」
叩くのが一番早いんです。命の危険が過ぎてから、折れた肋骨や背骨を治癒したほうが間違いありませんから。恐ろしい治療方法に、魔王夫妻は慌てて愛娘の骨を確認し始めた。
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