123.誰に渡しても珊瑚が砕ける気がした
中庭でイヴのおくるみから紫珊瑚を取りだしたルシファーが、アスタロトに無言で差し出す。受け取った彼はじっくり観察した後……珊瑚を転送しようとした。慌てて阻止する。
「何してんだ」
「今のルカに新しい男は必要ありません」
「そうだが、言い方! 問題だらけだぞ」
「……大丈夫です、ルシファー様しか聞いておりませんから」
「私は聞いてたわ」
ここで口を挟んだリリスが、はいっと手を差し出す。しぶしぶ珊瑚を渡したアスタロトを前に、イヴを抱き直したルシファーが違和感を覚えた。ごそごそとおくるみの中を探り、顔をしかめる。
「まだ何かいる……」
「部屋に戻りましょう」
アスタロトの提案で、ぞろぞろと高位魔族が階段を上り始めた。ルシファーとリリスが先頭に立ち、その後ろを歩く大公が3人。よく見る光景だが、何やら企んでいるアスタロトや怯える魔王の姿に、何か事件が起きたのかと侍従達は想像力を膨らませた。
「リリス、イヴを抱っこしてくれるか」
「ええ」
受け取ったリリスがイヴを支える間に、手を入れて硬い物を見つけては引っ張り出す。赤、白、ピンク……数種類の珊瑚が現れ、順番に並べられた。執務室の応接セットのテーブルに並んだ珊瑚は4つだ。そこでルシファーがリリスのおくるみの裾を解いて揺らした。
ごろりと大きな黒真珠が落ちてくる。さらに小さな真珠が2つ転がり出た。これで終わりのようだ。イヴのおくるみを直す間に、アスタロトがすべてを拾い上げた。テーブルの上にある戦利品? は、赤珊瑚2つ、白珊瑚1つ、ピンク珊瑚1つ、大粒黒真珠1つ、小粒真珠2つと大量だった。その隣へカルンと思われる紫珊瑚を置く。
「大量でしたね」
苦笑いするアスタロトの横で、ルキフェルが足を揺らしながら首を傾げた。
「あまり魔力がないみたい。ただの真珠や珊瑚かな……」
「紫珊瑚はカルンで間違いないでしょう。他は……黒真珠だけ魔力が多いですね」
じっくり観察したアスタロトの指摘に、ルキフェルは鑑定を使って確認する。
「本当だ。黒真珠も誰かに化けたりして」
わくわくするルキフェルを微笑ましそうに見守るベールが、淡々とお茶の用意を始める。リリスと並んで、彼らの向かいに腰掛けたルシファーは無造作に手を伸ばした。
紫の珊瑚を手に載せ、カルンと呼んでみる。魔力がぶるっと揺れたのは返事か。それでも人化する魔力には足りない。今回の騒動の原因がこの真珠や珊瑚なら、話を聞きたい。だが魔力を込めて人化させても安全か問われたら……正直、危険だった。
かつて、ルーサルカに惚れて求婚し「いつか迎えに来ます」と約束して海へ還ったカルンが、たぶん戻ってきた。となれば、義父であるアスタロトがピリピリするのも理解できる。ルシファーも、可愛いイヴがルーサルカの立場ならと考えるだけで、世界を軽く2回ほど滅ぼせるのだから。
「カルン、すごく魔力が少ないのよね」
うーんと心配そうに呟くリリスは、無自覚に「紫珊瑚はカルン」と肯定していた。魔の森の娘はときどき人の気持ちに鈍い。イヴを抱いたリリスは両手が塞がっており、珊瑚に手を伸ばすことはしなかった。
「ひとまず閉まっておくか」
収納から宝石箱を取りだし、中に珊瑚と真珠をしまう。そこでぴたりと動きを止めた。以前知らなかったとはいえ、カルンを収納の亜空間へ入れたことがある。仮死状態になったと聞いた記憶が過り、片付ける先を思案し始めた。
「ご安心ください。私が預かりましょう」
胡散臭い笑顔で手を伸ばすアスタロトは危険すぎる。珊瑚が砕けたとか言い出しそうだった。アイツならやる、抹殺するに違いない。助けを求めるように視線を巡らせ、軽く絶望した。ルキフェルは好奇心いっぱいの目を輝かせている。解体や分解を望んでいるだろう。
ベールに渡したとしても、やはりルキフェルに頼まれたら断れないはず。危険すぎて自室に保管するしか思いつかない。だがカルンに意識があって外部の刺激を受け取るなら、夫婦の寝室に別の男を引き込むのは問題があった。
「執務室に保管しよう」
引き攣った笑みを浮かべ、妥協案を提示する。執務室なら最上階で警備もしっかりしている上、不用意に誰かが入ってくる可能性は少ない。魔王の提案に表立って異を唱える者はいなかった。だが不安で、幾重にも鍵と魔法陣を重ねてから引き出しに入れたのは、言うまでもない。
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