114.トカゲに食われていたようです

 出てきたのは、見知らぬ少女だった。アスタロトが首を傾げてベールやルキフェルに確認するが、誰もが首を横に振る。彼らが知らないなら、当然ルシファーも知るわけがなく。


「この子も拉致されたのか?」


 状況的にそう判断するしかない。出口が出来たので這いだしたのだろうと推測し、彼女を結界で包んでそっと地面に下ろした。その間も無言のベルゼビュートが慎重に剣を滑らせていく。中にいる微量の魔力を頼りに、位置や深さを計算しているようだ。本人はほとんど本能で動いていた。


「うちの子返しなさいよ、ジルぅ、ママですよぉ」


 聞いている分には心を病みそうな呟きだが、割れた背中から手が出た。健康的な肌色をした幼子を引きずり出す。後ろで控えていたアスタロトが動いた。ドワーフの息子テッドだ。彼を引っ張り出すと、その左手は別の子どもと繋がっている。


「偉いですよ、離さずにしっかり握って」


 アスタロトの指示に従い、テッドは手を握り直した。侍女の子であるコリーだ。


「うわっ、ぬるぬるだ」


 叫んだテッドがトカゲの背中にしがみ付き、コリーを引っ張る。


「頑張れ、あと少し」


「ちょっと待って、今……あ、いいわ」


 どうやらコリーもテッドの真似をして、誰かの手を掴んだらしい。続いて出たのはアイカだった。ルーシアの次女で風の精霊であるため、青と緑が混じったような瞳が特徴だ。


「ありがとう……ん、手を離さないで。暴れたらダメよ」


 抜け出たアイカも小さな手を掴んでいる。赤子の手を包むように両手で掴み直し、優しく引っ張った。テッドとコリーを地上に下ろしたアスタロトに代わり、ベールが手伝いに上がる。ルキフェルは結界の維持を行い、ルシファーは周囲を警戒し続けた。


 ベルゼビュートがさらに背中の皮を切ることで、出口がさらに広がる。ベールが手を突っ込んでベビー服を掴んだので、ジルはあっさり回収された。


「うちのゴルティーも! お願いします」


 口に手を当てて叫んだレライエに、ベルゼビュートが大きな胸を張る。


「任せなさい!」


 言うが早いか、彼女は大胆な恰好で足を開いてトカゲに座る。がばっと両手で背中を開けた。器用に片足を使い、右手を自由にすると剣を投げ捨てる。ねっちゃりと糸を引くトカゲの体内に手を入れ、かき回し始めた。


「いたわ」


 掴んだのはゴルティーの尻尾だ。幸いにして千切れることなく、ずるりと出てきた。一番奥に入っていたようで、ぐったり動かない。


「しっかりなさい、お母さんが心配するわ」


 ぺちんとお尻を叩くベルゼビュートの手に刺激を受けたのか。小さな琥珀竜は、ごほっと咳き込んだ。無事だと分かり、レライエが顔を覆って泣く。そこへ仕事を終えて騒動を聞いたアムドゥスキアスが飛び込んだ。


「ゴルティー! ライ、どうしたの。誰かに泣かされたの?」


 騒動を中途半端に聞いたらしく、レライエが泣きながらも説明を始める。そんな彼女の元へベール経由でゴルティーが届けられた。隣のルーシアへも、アイカが運ばれる。母親の顔を見て安心した子ども達は元気に泣き始め、どの親もほっとした顔で抱き締めた。


 べとべとに汚れた子ども達は、魔王城の風呂場に直行となる。抱きしめた親も同様の有り様なので、風呂で流すよう命じられた。浄化で綺麗にしてもいいのだが、吸血種が近くにいるから配慮の形を取った。表面上の理由はそうなっているが、実際は目に見える形で汚れを流した方が当事者が安心するからだ。


 この辺の経験は豊富な大公達の意見に、ルシファーも頷いた。


「陛下、この子はどうしますか」


 ベールに尋ねられ、先ほど出てきた白い手の少女の親がいないことに気づいた。そもそもどこの子か分からない。


「僕が預かるよ、手伝ってくれるよね? ベール」


 きらきらした目で言い出したルキフェルへ「解剖や分解は禁止、調査や検査も明日以降」と申し渡してその場は解散となった。もちろん、トカゲの皮はルキフェルが収納で持ち帰ることになる。浮いたまま回収し、仕組みを調べるのだと浮かれる。


 瑠璃竜王は水色の髪を靡かせて、少女を伴い研究所の方へ向かった。


「大丈夫かな」


「平気じゃないかしら」


 はふっと欠伸をしたリリスの肩を抱いて、ルシファーは3階のテラスから部屋に戻った。飛び出したときは問題ないが、帰りは階段を使うべきでしょうと叱られるのは、翌朝のことである。

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