113.トカゲの中に子ども達が!?

 見たことのない空中浮遊のトカゲは、手足をだらんと下げていた。好奇心を抑えきれずにルキフェルが近づくが、動こうとしない。しかし下からの叫びで状況が変わった。


「我が君っ! 中に子どもがいますぞ」


 呼ばれて駆け付けたヤンが大声を張り上げる。次の瞬間、ルシファーが右手に剣を召喚した。愛用の剣は月光を弾いてまばゆく光る。


「リリス、イヴを守ってくれ。絶対に渡すなよ」


「分かったわ」


 危険なので妻を残して、テラスから飛び降り……かけて、ぴたりと止まる。驚いた顔をする面々の中からアスタロトを選び、確認した。


「緊急時、だよな?」


「緊急時です。確認せずに、さっさと飛び降りなさい」


 きっぱり言い切られたことで、ルシファーは背に翼を広げて飛び出した。続いてアスタロトがテラスの手摺りに足をかけ、後ろを振り返る。まさか同じセリフが出るとか? その場合、誰が背中を押すのかしら。応じるつもりでリリスが前に立つ。


「ベルゼビュート以外はここで待機です。いいですね」


 念押しして飛び降りた。だが、すぐに背にコウモリの羽を広げる。なくても飛べるが、やはり羽を出した方が安定するようだ。命じられたことで、レライエやルーシアは手摺りに身を乗り出すだけに留めた。その脇を、愛用の魔剣を握るベルゼビュートが駆け抜ける。


「うちの子、返しなさいよ!!」


 体にぴたりと添う紺色のスカートが、スリットに沿って風で捲れ上がる。それを精霊に命じて押さえさせ、ぎりぎりの位置で留めた精霊女王がトカゲの上に着地した。


「……オレもあれにすればよかった」


 あっちの方がカッコイイ。くそ、失敗した。ぼやく魔王は、それでも純白の翼を広げてトカゲの正面を陣取る。後ろをアスタロトがカバーした。これで逃げ道は完全に塞がれた状態だ。


「ルシファー、ベルちゃんも呼ぶ?」


「いや。もう来る」


 強大な魔力が、凄まじい勢いで近づいていた。彼も異変を感じ取ったのだろう。すでに空中で竜化したルキフェルが結界を準備している。二階から合流したベールが範囲に入ったのを確認し、ルキフェルが結界を閉じた。これで転移や魔法で逃げられる心配はない。


「返してもらう交渉をすべきか?」


 もし言葉が通じたら、新種の魔族だし。勝ちが確定したことで余裕の生まれたルシファーは、アスタロトに尋ねた。独断で動いて叱られることも多いので、気を使ったらしい。


「本来はそうすべきでしょうが、もう手遅れです」


 アスタロトが指さした先で、振り被った剣をベルゼビュートが突き刺していた。背中から腹まで突き抜け、完全な串刺し状態だった。


「きゃぁああ! ベルゼビュート大公様、なんてことを!」


「うちの子が、うちの子がぁ!!」


 目の前で我が子が串刺しにされたように泣き叫ぶ大公女達を振り返り、ベルゼビュートは胸を反らして言い放った。


「あたくしがそんなミスするわけないでしょう? ちゃんと避けたわ」


 剣の扱いに関しては天性の才能の持ち主だ。泣きじゃくりながらも信じたらしい。後ろでコリーの母親である侍女が卒倒している。咄嗟に支えたテッドの父親ドワーフが安堵の息を吐いた。悲鳴を上げるでもなく、トカゲはじっと動かない。暴れることもなく、痛がる素振りもなかった。


「……何かおかしくないか?」


 ルシファーが無造作に近づき、ひょいっと剣で鼻先を切った。と……白い小さな手が出てくる。


「うわっ、こわ!」


 思わず後ろに飛び退り、素っ頓狂な声を隠すように咳払いする。再び近づいて、手を斬り落とさぬよう注意しながら、改めてトカゲを切ってみた。白い小さな右手は何かを探り、ずるりと這い出てくる。気味が悪い、ほぼ全員がそう思い顔をしかめた。

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