112.大量の行方不明事件と浮かぶトカゲ
アスタロトが孫バカで騒動を起こした噂は、何となく広まり何となく消えた。おそらくベルゼビュート辺りが漏らして、アデーレが鎮火したと思われる。あの夫婦は情報戦においては最強だな。感心しながら、お風呂に入れたイヴを乾かす魔王の居室の扉が、凄い勢いで開けられた。
「ノックを……ん?」
「大変ですわ!! ジルがいないんです!」
ベルゼビュートか。ある意味、リリスと近いところがある。失言は多いしドジなところも似ていた。しかしリリスを可愛いと思うルシファーも、ベルゼビュートに同様の想いを抱いたことがない。欠点があっても好きなのか、好きになった子の欠点だから可愛いのか。
頭の中で余計なことを考えながら、言われた内容をかみ砕く。子どもがいない……行方不明?! イヴを落とさないよう抱き締めながら立ち上がり、泣きそうなベルゼビュートに声をかけた。
「いつからだ?」
「さっきまでいましたのよ。書類を作る前は隣で寝ていて、書き終えるまでの僅かな時間で……消えちゃって、今日はエリゴスもいないし」
どうしたらいいか分からなくなった。顔を涙でぐっしょり濡らしたベルゼビュートだが、精霊達に探させているのだろう。ひっきりなしに精霊が現れては消える。報告の中に息子ジル発見の一報はなかったようだ。さらに涙が溢れた。
「ひとまず、これで涙を拭け」
手にしていたタオルを渡す。さっきまでイヴの足の裏を拭いていたが、別に問題ないだろう。イヴは爪の垢まで綺麗だからな。よく分からない親バカ理論を振りかざすルシファーの居室に、今度は別の騒動が持ち込まれた。
「陛下! ヤン様を貸して下さい。うちの子を探したいんです」
レライエだ。オレンジの髪を乱して駆け込み、我が子がいないと泣きそうだ。ようやく風呂から出てきたリリスが、薄着のままでこてりと首を傾げた。状況が理解できていない彼女の肩に、長めの上着を掛けた。現時点では女性ばかりだが、この騒動を聞きつけた男性の目に触れることがあってはならない。
素直に上着に袖を通したリリスは、髪や体を乾かしたイヴを受け取って手早くベビー服で包んだ。淡いピンクの前掛けをしたイヴは「ぶぅ」と唇を尖らせる。様子を見に来た侍従のベリアルが、さっと走り去った。おそらくアスタロト達に声をかけてくれるはずだ。
「現時点で消えたのは、ジルとゴルティーだな」
「アイカを見ませんでしたか?」
「テッドがいないんです」
次々と子どもの行方不明報告が舞い込み、ルシファーは不安そうな親達を連れて執務室へ移動した。待ち構えたアスタロトが書類を差し出す。紙面に書かれた名前は5つ。現時点で行方不明になった子どものリストらしい。
「ジル、ゴルティー、アイカ、テッド、コリーか」
テッドとコリーは一緒に遊んでいて、そのまま消えたらしい。直前までコリーの母親である侍女が近くにいた。今日は魔法の練習があり、護衛として頑張ると決めた二人は習った魔法の復習をしていたらしい。
母ベルゼビュートの書類作成の合間にジルは見えなくなった。琥珀竜ゴルティーはレライエの仕事机をよじ登る最中に、アイカに至っては母ルーシアの腕の中から忽然と消えている。誰かが近くにいる状態でいなくなったことに、アスタロトが眉を寄せた。
過去にそんな事例があったか。確認しているのだろう。そこへ駆け込んだルキフェルが、大声で叫んだ。
「大変! 空中に見たことないトカゲがいる」
空ではなく空中で、見たことがないドラゴンではないトカゲ? 首を傾げたルシファーの腰を押すルキフェルに促され、テラスに出てその意味を理解した。確かに空中に浮かんだトカゲだ。
3階のルシファーから見下ろす位置で、ふわふわとトカゲが浮いている。ドラゴン種は背に羽があるのだが、ない。神龍族のように長細いが、手足がついた形はイグアナに近かった。大きさとしてはドラゴンより小柄か。
「なんだ、あれ」
思わず漏れたルシファーの言葉は、他の全員の心の声を代弁していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます