110.大変、一人足りない!?
がっつり叱られる魔王の後ろで、当たり前のようにドワーフは仕事を始める。先祖代々、城を直し続ける彼らにとって、魔王陛下が怒られる光景は日常だった。今さら、酒の肴にもならない話だ。親方が大声を張り上げる隣で、ルシファーが正座していても見ないフリをする。
「緊急時以外、窓からの出入りはしません」
約束させられたルシファーが、ベールの後に続いて繰り返す。
「緊急時以外、窓からの出入りはしない」
満足げに頷いたベールに許しを貰い、正座した足を解す。もう痺れて動けそうにない。結構長かったな。親子の騒動を止めたからいいことをしたはずなのに、ちょっと納得できない。ぶつぶつと心の中だけで文句を並べた。これを声に出すと、説教が長くなるのだ。すでに経験済みで、学習機能が働く魔王である。
「あぶぅ……」
いそいそと這って進んだイヴが、ぐいっとルシファーの足によじ登る。最近、わずかでも高い場所があると上りたがる。猫のような習性をもつ愛娘に「ぐぉぉおお」と魔王らしからぬ声が漏れた。痺れた足に刺激を与えると、ぴりぴりした痛みが走る。
治癒魔法があるのだから、使用すればいいと考えるかも知れない。だがそれは危険だった。治癒魔法は急激に回復力をアップして早送りで傷を治す。つまり、この痺れに適用した場合……僅か数秒で痺れが押し寄せる。思わぬ激痛に悶えた経験がある魔王は、涙目で我が子を腹の上に載せて転がった。
これでイヴの上りたい欲は満足し、足の回復時間を稼げる。そう思ったのに、また痺れに襲われた。呻きながら顔を上げると、ベルゼビュートの息子ジルが足をよじ登っている。
「べ、ベルゼぇ。これどけてくれ」
「あらやだ。ジルったら……あっ」
おほほと笑いながら我が子を抱き上げたベルゼビュートが、何かに躓いてバランスを崩す。と、手を突いた足が派手に痺れた。それに気づいた彼女は親切心で治癒魔法を施す。ベルゼビュートの得意技なのだ。呪文も魔法陣もなく、さらりと扱って見せた。
「っ、ぐぅ!」
激痛に悶える魔王だが、ここは声をかみ殺した。思わぬ災難だったが、痺れが消えたのは嬉しい。
「お礼はよろしくてよ」
「次にお前の足が痺れた時は、オレが治癒魔法で治してやる」
思い知らせてくれる。そう呟いたルシファーだが、ベルゼビュートは首を傾げただけだった。考えてみたら、彼女は叱られてもけろりと忘れるタイプだ。過去の痛みは記憶と一緒に流してしまうのだろう。
「ルシファー、一人足りないわ」
「ん? 誰だ?」
足りないと言われても、子ども部屋にいた数が多過ぎて咄嗟に把握できない。さきほどガラスを突き破ったレライエの息子ゴルディーはいるし、ほぼ揃っているように見えた。
「ルカの息子リンよ。今、エルが探してるけど」
アベルとルーサルカの子は兄弟だ。兄エルは11歳なので、弟の面倒を見に顔を出していたらしい。さっきから続く騒動で目を離した隙に、弟リンがいないと騒ぎ始めた。ざわざわする室内で、他にも消えた子がいないか調べ始める。
子守に来た黒髪黒瞳のスイとルイの姉弟が、確認を終えた子を部屋の柵に戻す。
「いないのはリンだけです」
アンナの娘スイの確信を持った断言で、リンを探せばいいとはっきりした。半獣人のルーサルカも、日本人のアベルも魔力量が多くない。その子ども達はそこそこの魔力はあるが、不安定だった。そのため魔力を辿って探すのは難しい。
「我が君、戻りましたぞ!」
意気揚々と庭から入って帰還を告げるヤンを見た瞬間、ルシファーとリリスがハモった。
「「ヤン! 子どもを探して(くれ)」」
長い距離を走り抜けたヤンは、事情を知らない。こてりと首を傾げた。その首元から、小さなフェンリルが転がり落ちる。不思議そうな顔をしながらも、緊急事態を悟ったのだろう。ヤンは「お任せを」と請け負った。
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