第8章 てんやわんやで誘拐も?

109.やんちゃという単語に収まらない

 数カ所の壁をぶち抜いた子どもが、きゃっきゃとはしゃいだ声を上げながら走り回る。その後ろを青ざめた親が追いかけた。壊れた壁の自動修復が始まる。材料が揃っていれば問題なく修復するが、問題は時間だった。


 直るまでに1日程度かかる。直りかけたところをまた破壊され、数回繰り返すと自動修復が停止した。無駄だと判断するほど高度な魔法陣ではない。単純に繰り返されるうち、これが正常な状態と誤った学習をしたのだ。


 壊れた状態が正常と認識したので、自動修復は働かない。予想通りの展開に、アスタロトは周辺を立ち入り禁止にした。それから増やした予算でドワーフを呼んで直させる。ルキフェルが魔法陣の学習機能をリセットした。


 その間、子ども達は別の壁や柱を壊していく。レライエ達の子は琥珀竜となり、その破壊の凄まじさは並の竜種ではない。馬鹿力で何でも壊した。止めようと追い回すのはルーシアの生んだ姉妹達だ。ベルゼビュートの子ジルや魔王夫妻のイヴも、あちこちで騒動を起こした。


 幼子の安全を図るため、イザヤとアンナの双子が護衛に入っている。もうすぐ14歳になるスイとルイは、子守初挑戦とは思えない手際の良さで、幼子を小脇に抱えて回収した。残るのは壊された魔王城の破片のみ。


「新しい魔法陣を作るか」


 自動修復の魔法陣を改造する必要がある。少なくとも学習機能は何らかの変更が必要だった。以前の状態を学習するのではなく、完成状態を登録する方法が早いか。唸りながら魔法陣を広げて書き換えていくルシファーの横で、ルキフェルは別の方向から魔法陣を改造していた。


「ねえ、ここに一度壊した子の魔力を自動学習して撥ね除ける結界を張ろうと思うんだけど」


「ん? それは想定外の方法だな。結界が自動展開すると、ここに負荷がかかるぞ」


 魔法陣の修復機能の中心を指差した。ルキフェルが「見落とした」とぼやきながら、また改造に精を出す。ひとまずルシファーが作る学習機能なしの魔法陣を設置し、その間にルキフェルが魔法陣の改良を完成させる手筈になった。


 あれこれと機能を変更すると、別の場所に支障が出る。何度もテストを繰り返す二人の手元を見ながら、アスタロトは修理費用の概算を弾き出した。


「このまま対策をしなければ、3年で予算が食い潰されますね」


「そんなにかかるの?」


 青ざめたベルゼビュートが、計算書を奪って再計算する。我が子が関わっているので、かなり必死の形相だった。計算が正しいため、眉を寄せて呻く。


「うちの孫もやらかしているので……多少は身銭を切る方向で」


 義娘ルーサルカの次男リンは、つい先日、イヴと競って壁に大穴を開けた。仲良く笑い合う幼子の姿に、叱り損ねたアスタロトは己の私財を投入すると宣言した。実は問題を起こした孫はまだいる。息子ストラスとイポスの間に生まれたマーリーンも、魔王城の窓を数十枚割った。ケガがなかったのは不幸中の幸いだ。


 バリーン! 何かの割れる音が響き、全員がテラスに駆け寄る。音の発生源は、下の子ども部屋だった。庭に出やすく日当たりのいい一室を用意したのだが、その窓を吹き飛ばしたらしい。


「マーリーンでしょうか」


「わからんぞ」


 アスタロトの溜め息に、苦笑いするルシファー。割れた窓を物ともせず飛び出した犯人は、琥珀竜ゴルティーである。慌てて追いかける母親レライエの脇を、翡翠竜アムドゥスキアスがすり抜けて、愛息子に飛び蹴りした。


「ライを困らせるな」


「うわぁあああ!」


 ゴルティーが泣き出し、転がる我が子を抱き締めたレライエが「何をするんだ! それでも父親か」と翡翠竜を叱る。今度はアムドゥスキアスが泣き出した。もう収集がつかない。


「仕方ない、収めてくる」


 テラスから出て行くルシファーを見送った面々だが、ちょうど部屋に入ってきたベールが眉を顰めた。


「窓からの出入りは禁止したはずですが?」


 子ども達を回収し、騒動を収めたのに魔王が叱られる未来は回避不可能だった。

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