108.大公女達のお引越し相談会
イヴの能力研究は熱心なルキフェルに任せることとなり、今後はイヴが癇癪を起こす前に結界で覆っておく予防措置が決まった。眠りそうな時に遮音したり、急激な外界の変化を遮るものだ。普段から隔離すると人の話し声などに反応しなくなるため、眠りそうな時だけにする。
やや透けても大した不便はなく、一人が集中的に浴びるより大人数で分散した方が被害が少ないことは、今回の騒動で実証された。イヴが自らの能力を制御できるまで数年、頑張って凌ぐしかない。
「ヤンはどうしたの?」
護衛にすると聞いたのに、昨日から姿を見ないわ。リリスの指摘に、ルシファーはさらりと答えた。
「ああ、ヤンならフェンリルの領地に戻ってるぞ。魔狼が生息する元辺境の森だ。孫を迎えに行くらしい」
休暇届が出ていました。アスタロトも知っていたらしい。付け足された情報を聞きながら、リリスは「ふーん」と首を傾げた。人族がいた数十年前まで、あの森は辺境だった。人族の居住する土地と魔の森の緩衝地帯が広がり、エルフやアルラウネ、リザードマンらが暮らしている。
今も魔族の生息域はたいして変わらないが、外へ領域が広がった。人族を殲滅したことで、ようやく土地を取り返せたのだ。与える土地が見つからず、魔王城の裏庭に住んだ蜥蜴に似たイグアナも、カーバンクルも今は新しい領地を貰って引っ越した。
人族が住んでいた南側は海が近いこともあり、観光地としても人気が高い。魔の森が根を伸ばして支配地域を広げたので、人族が住んでいた地区も飲み込まれた。お陰で廃墟に緑の苔や蔦が這う景色が、癒しスポットとして魔族の間で噂になるほど。
「すぐ帰ってくるかしら」
「彼らの足は速いからな。何か用事か?」
「いいえ」
にっこり笑うリリスの表情に、警戒を強めるアスタロト。ほわりと笑うルシファー。対応は極端だが、アスタロトに近い反応を示したのは、大公女達だった。
「嫌な予感がするわ」
「奇遇ね、私もよ」
ルーシアとシトリーがひそひそと話す横で、ルーサルカは新しい部屋の位置を図面で確認していた。
「ねえ、ここら辺が使えるんだけど。どこがいい?」
「うちは北側でいいわ。日当たり関係ないから」
ルーシアがさらりと譲る。精霊である彼女は、水の属性が強い。夫と次女も風属性なので、北側か西側が好ましかった。その点、種族的な意味で南向きを好むのは
「じゃあ、ここは私達が使うわね」
「問題なく決まったじゃない、よかった」
手を叩くリリスの無邪気な発言に頷きかけ、今日は休みのレライエを思い出す。翡翠竜や竜人族の好む環境……うーんと唸る大公女達の脇をルキフェルが通りかかった。提出する報告書を差し出しながら、状況を察して口を挟んだ。
「ドラゴン系は暗い洞窟みたいな場所が好きだから、この窓が少ない部屋はいいと思うよ」
残っていた角部屋は、建物全体を支える構造体の一部である。そのため強度を重視して窓を減らした。今までは空き部屋になっていたが、使うなら吸血種やドラゴンに向いている。そう指摘したルキフェルに頷き、彼女らは丁寧にお礼を言った。
「助言、ありがとうございます」
「ライに確認して、問題なければこの部屋にしてもらいましょう」
相談はすんなり決まり、その様子を見守るルシファーとリリスが微笑み合う。魔王城はこれから子育てシーズン突入、忙しくなる。当然騒ぎも大きいが、たまにはこういう時期もあります。諦めた様子のアスタロトは、いそいそと書類を作り始めた。
タイトルは、魔王城修復予備費増額の申請書。壊され修復することが前提の予算だが、ベールは肩を竦めてサインした。その隣でルキフェルもさらさらと名を記す。魔王城に設置の自動修復魔法陣はおそらく間に合わない。彼らの判断が正しいかは、翌週証明されることとなった。
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