77.魔王の母乳は出なかった
「リリス、どうして怒ってるんだ?」
「……もういいわ。ルシファーにはわからないでしょうし」
拗ねたような口調でリリスは呟いた。許された感じだが、なんとなく諦められた気がして嫌だ。リリスの顔を見ようと腕の力を緩めたところ、ぐにっと強く胸を掴まれた。
「いてっ、え? 胸ってこんなに痛いの?」
「わかったら女性に触れる時は優しくよ」
「気を付ける……って、痛いっ、いたぁ!!」
滅多に痛みを感じない結界の中で生活していることもあり、意外とルシファーは痛みに弱い。変形するほど握られた胸が痛いと大騒ぎした。
可愛らしい黒髪の新妻が、スタイル抜群の夫の巨乳を握る。何だろう、僕は何を見せられてるの? 遠い目をしたルキフェルが溜め息を吐いた。これは適当なところで介入した方がいいだろう。放置しても進まない気がする。
「ルシファー、リリス。僕もう帰るよ?」
「ダメだ、検証が済んでない」
「ダメよ。だってルシファーがちゃんと戻れるまで見ててくれなくちゃ」
まだ母乳が出るか検証してないと騒ぐ魔王、彼が元に戻るまで確認してと告げる魔王妃。魔族の頂点がこの二人って、今更ながらに心配になってきた。よく叱りつけるベールやアスタロトの気持ちがよくわかる。ある意味、スタイルだけじゃなくてルシファーとベルゼビュートはよく似たタイプなんだな。
早くしてと視線で促せば、ルシファーは惜しげもなく胸をさらけ出した。外見がいくら変わろうと、中身が豪快な男のままだと恥じらいは生まれない。僕が恥じらうのが馬鹿らしく感じるよね。ルキフェルは録画を続けながら、淡々とメモを始めた。
「ルシファー、記録するから触るよ」
外見の変更は問題なし。実験体だと言い聞かせながら、胸に触れる。弾力も本物っぽいし、失敗はないかな。ただ……母乳って産んでなくても出るんだっけ? 魔獣の場合は、産んでない雌が乳を出して他の子を育てた事例があるけど。
いそいそと我が子イヴを抱き寄せ、乳房を近づける。じっと見つめたイヴは、小さな手を伸ばして触れた。不思議そうにしているのは、リリスと違うからだろう。それから顔を見て、ルシファーだと認識したらしい。素直に口に含んだ。ちゅっちゅと音を立てて吸う。
「出てるのか?」
どきどきするルシファーは、次の瞬間飛び上がった。文字通り、軽く浮いたと思う。びっくりしたルキフェルがリリスを背中に庇う。反射的に結界まで張ったほど驚いた。
「いてぇえええええ!」
大声で叫んだルシファーがイヴを引き離そうとする。だが離れない。そのまま凄い勢いで吸っているが、どうやら噛んだらしい。
「すごいわ、もう歯が生えたの? 見せて、イヴ」
母親は強い。歯が生えたと大喜びだ。口を開けさせて覗き込み、首を傾げた。
「歯はないわよ?」
「じゃあ、どうして痛かったんだ」
「吸引力が凄かったんじゃない?」
掃除機のような扱いだが、この場に掃除機のCMを知る者はいない。アベルがいたら指摘してくれただろうが……。真っ赤になった胸を痛いと撫でるルシファーが治癒を施す。その間にイヴはリリスの腕に移動した。
「まっ、あぶぅ」
「この子天才よ! ママって呼んだわ」
「……天災の間違いじゃない? まあ、二人の子だから強いと思うけど」
ルキフェルは額を押さえながら録画を止めた。これ以上役に立つ情報が入ってくるとは思えない。無駄なことに録画装置と時間を費やしちゃった。激しく後悔しながら、早く戻るようルシファーを促す。そこだけ録画して、結果を確認したら帰れる。先日捕まえた粘着生物の実験に戻りたい。
ルキフェルのやや怒りを滲ませた「早く戻って」の声に促され、ルシファーは安全装置を作動させた。これで登録した元の姿に戻れるはず……が、光ったものの変化がない。もう一度試すが結果は同じ。ここでルキフェルは大声で最終兵器を呼んだ。
「ベール! アスタロト! 今すぐ来て」
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