76.豊満な果実は妻を敵にする

 不機嫌になったルキフェルも、呼び出された事情を聞けば機嫌は直る。なにしろ、新しい魔法陣のお披露目なのだ。正確には、魔王女性化して授乳しよう計画だが、ルキフェルにとってどちらも大差ない。


 積み上げられた魔法陣を1枚ずつチェックしながら、目を輝かせた。


「これは、美しいね」


 息を呑んでじっくり確認するルキフェルの横で、発動しようとしたルシファーが蹴飛ばされた。脛は魔王でも痛い。結界の外からでも痛いんだから、かなり勢いよくやられたのだろう。


「っ、なんだ?」


「まだ確認してる。発動したら消えちゃうじゃん」


 複写したものをプレゼントすると言われ、ようやく発動の許可を得られる。ルキフェルはご機嫌で、手元のミニチュア魔法陣69層を大切そうに仕舞い込んだ。収納空間は生き物以外は入るので、魔法や爆発も吸収できる優れものである。今回も魔法陣を崩さずすっぽり収納し、ルキフェルはルシファーの発動に立ち会う姿勢を見せた。


「いつでもいいよ。あ、録画しておくね」


 後日の検証のためと言ったが、絶対に「研究」のための間違いだ。ルキフェルが録画し始めたのを確認し、魔法陣に魔力を注いだ。繊細な作りなので、少しずつ上から流し込んでいく。魔力に反応した魔法陣が光りながら回り出した。


「これで終わりだ!」


 大魔法を繰り出した勇者のような発言だが、口にしたのが魔王ルシファーだと世界の終わりを宣言したように聞こえる。実際は魔法陣がルシファーを包んで、一気に光が放たれた。それから数秒後、眩しい光が収まると……。


「まぁ! なんてこと!!」


 黒いローブから顔だけ出すリリスが叫んだ。ルキフェルも目を見開いた後、慌てて視線を床へ逸らした。


 そこにいたのは、ルキフェルに渡されたタオルを腰に巻いた純白の美女。ここで重要なのは、タオルが隠しているのは、下半身だけという事実だ。元の意識が男性のためか、胸を隠す意識がない。この行動はリリスの静かな怒りを買った。


「ルシファー、胸を隠して!」


「あ、ああ。そうか」


 ごそごそとローブを取り出し、無造作に被った。いつもと同じ濃色系だが、純白の長い髪が映える。女性というだけで、髪をかき上げる仕草が妖艶に映った。ルキフェルはどきどきしながら、深呼吸する。あれは人妻……じゃなくて、魔王ルシファー。親友リリスの夫だ! そう、夫。


 気持ちを落ち着けて顔を上げるが、先ほど見てしまった姿が脳裏に浮かんだ。括れた細い腰からタオルを膨らませたまろやかな臀部、細いが華奢ではない足……いつもながらの絶世の美貌の下には、豊満な果実がふたつ。


 だめだ、鼻血が出そう。ルキフェルはそっとハンカチを取り出し、不自然でないよう気遣いながら握りしめた。これでいつでも鼻血を拭ける!


「どうだ? 女性に見えるか?」


「見えるけど、その胸が腹立たしいわ」


 リリスはすっかりお冠だった。自慢の夫が絶世の美女になるのは理解できる。あの顔で性別を女性にしたら、それは美人だろう。問題は悔しいほど大きな胸。ベルゼビュートよりやや小ぶりだが、形が美しかった。何より、生まれながらに女性である自分より大きいのが許せない!!


「イヴに乳を」


 ルシファーは深く考えなかった。あくまでも娘に乳をやるための女体化魔法だ。それ以外の意図などない。乳をやるならある程度大きな方がいいだろうと考えただけで、この姿が妻の自尊心やプライドを傷つけると思いもしなかった。


「勝手にあげればいいじゃない」


 ぷんとそっぽを向く妻に、ルシファーは困惑した。どうしよう、リリスの機嫌が悪い。代わりに乳を与えるのが嫌なのか? それともオレの女性化は気持ち悪い、とか?! 混乱したルシファーは思わぬ行動に出る。いそいそと近づいた妻リリスを抱き寄せ、その大きな胸に押しつけた。

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