75.雄がダメなら雌になればいいじゃない
夢破れたとき、その期待が膨らんだ分だけ落胆も大きい。がくりと肩を落としたルシファーは、それはひどく落ち込んだ。
「すみません、獣化した時は雌なので」
粉砕力満点の一言だった。豪華な料理を食べ、寛いだところで満を辞して切り出した魔王は、しょんぼり俯く。この部屋にいる大人4人の中で、授乳できないのはルシファーのみだった。そのため、誰かが慰めを口にしても復活してこない。
「もうっ! うじうじと悩んでないでよ、そういうの面倒なの」
ぴしゃりと追い討ちをかけたリリスに、ルシファーはさらに落ち込んだ。そこでエリゴスが思わぬ提案をする。
「魔王様は変化の魔法は使えないんですか?」
「……使える」
「試しに女性に変化してみたら? または獣の雌でもいいです。授乳体験くらいなら可能かもしれません」
はっ! その手があった! 純白の美貌を誇る魔王は目を輝かせ、あれこれと魔法陣を練り始めた。その向かいで、我が子ジルに食事をさせるエリゴスは微笑ましげに見守る。エリゴスも人化すると男性体なので、気持ちは多少理解出来た。
過去の育児も含め、ルシファーは授乳という自分に出来ない役割が羨ましかったのだ。叶う可能性があるなら、挑戦してみるのもいいだろう。少なくともすべて手を打ってもダメなら、自分で諦められるだろうし。
「エリゴス、あなたは陛下の性格を知らないから」
溜め息をつく妻ベルゼビュートが、ぼそぼそ小声で教えてくれたのは、凝り性が過ぎてやらかした過去のあれこれだった。ルキフェルとルシファーは、この点において非常によく似た気質を持っている。何かを改良することが好きで、時々とんでもない魔法を生み出した。中には危険過ぎて、使用禁止になる魔法もある程だ。
アスタロトやベールが止めるから問題ないが、今回は彼らがいないのに。そんな不安を滲ませ話を終わらせたベルゼビュートに、エリゴスが眉を寄せた。女性になるだけなら、問題ないと思う。母乳が出なかった時の責任は取れないけど。
「出来た!」
食後のお茶の時間を目一杯使ったルシファーが魔法陣を完成させたのは、もう寝る時間間際だった。風呂に入り寛ぐ時間も、ベッドでイヴを寝かしつける間も、ずっと頭の中で構想を練っていたのだ。
外見を変えるだけの魔法なら使えるが、体内構造を変えるのは複雑だった。戻れるように安全措置も必要になる。現時点での身体的情報を暗号化して保有し、その上で変更を加える魔法陣を作った。魔法陣の数は増えて複雑化し、69枚も重ねた力作だ。
「せっかくだから複写しておこう」
後でルキフェルに自慢しよう。子どものような思考でとんでもない実力を持つと、こんな魔王になってしまう。悪い意味で教科書に載りそうなルシファーは、機嫌よく魔法陣を床に置いた。緻密に重ねた魔法陣は、きらきらと美しい。
「出来たの?」
イヴを寝かしつけながら、自分も半分ほど眠っていたリリスが欠伸をしながら声をかける。身を起こした彼女は、目の前に積み上げられた魔法陣に目を見開いた。こんなに複雑で緻密な魔法陣は初めてかも。少しでもバランスを崩したら壊れそう。
「発動させるから、何かあったらアスタロト……は怖いから、ルキフェルを呼んでくれ」
「ねえ、発動時からいてもらった方がいいんじゃないかしら」
何が起きたか説明しなくて済むし、ルキフェルも原因の究明がしやすいでしょう? リリスの指摘に、ルシファーは「それもそうだ」と納得した。もう眠る時間だが、研究好きのルキフェルなら関係ない。
「ロキちゃん、来て」
準備をしてから呼ぼうと考えたルシファーの後ろで、リリスは平然と召喚の魔力を込めて名を呼ぶ。ぎょっとして振り返ったルシファーは、己の羽織っていたローブをリリスの上に被せた。可愛いネグリジェ姿を隠すためだ。これは夫としての義務である。ルシファーはそう考えた。
「間に合ったっ!」
ほっとしたのも束の間。
「ねえ、なんで服着てないのに呼んだの?」
僕に何を見せるつもりなのさ。魔法陣より先に裸のルシファーを目にして、ルキフェルは溜め息を吐く。ほぼ全裸に近い魔王、黒いローブに覆われた魔王妃。姫はぐっすり就寝中……この状態で寝室に召喚されたルキフェルは呆れ顔で、ルシファーに大きめのタオルを差し出した。
「とりあえず、何か巻いてよ」
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