第5章 各家庭の教育方針

63.子どもは騒動を起こす生き物である

 子どもは、予想外の騒動を引き起こすものだ。何度注意してもそれは変わらないし、大人の目を盗んでやらかす。それが今回も発揮されただけの話なのだが……。


「犯人は名乗り出なさい」


 ルーサルカは手を腰に当てて、集まった子ども達を見回した。保育園から帰ったばかりの子が3人、学校から帰ってきた子が5人いる。上は13歳、下は3歳と幅広い子ども達は顔を見合わせ、やがて一人が名乗り出た。


「私がやったの」


 シトリーの娘キャロルだった。炎龍の血を感じさせるオレンジがかった赤の瞳や髪が華やかな子だ。すると庇うように、兄ネイトが前に一歩出た。彼は父親のグシオンそっくりで鮮やかな赤毛と深紅の瞳を持っていた。


「僕が止めなかった」


 だから妹と同罪だ。そう言う兄の後ろで、キャロルが涙ぐむ。ルーサルカは腰に当てていた手を外し、額を押さえて溜め息を吐いた。別にそこまで問題ある行動ではない。名乗り出ず、誤魔化そうとした態度が問題なのだ。


「名乗り出たのは偉かったわ。手のひらを出して」


 ルーサルカは狐尻尾を揺らしながら近づき、おずおずと差し出されたキャロルの手を、ぱちんと音を立てて指で軽く叩いた。その隣に当たり前のように出して待つネイトの手は、もう少し軽く叩く。


「これで終わり。次は壊したら名乗り出るのよ? 黙っていることが一番いけないわ。もし壊れたベンチで誰かがケガをしたら、困るでしょう」


 そう、壊されたのは庭のベンチだった。以前に幼いリリスが暴走して魔王城を破壊し、修復したことがある。その際に余った銀龍石で造られた。もちろんドワーフが創作物に手を抜くはずはなく、見事な彫刻が施された芸術品のベンチが置かれたのだ。かなり硬いその石を砕いたのだから、能力的に優秀なのだろう。


「うん、ごめんなさい」


 7歳になったばかりのキャロルは、素直に謝った。炎の魔法を練習していたら大きく膨れてしまい、処理に困って硬そうなベンチに叩きつけたのが原因だ。年子の兄ネイトが吸収して事態を収めようとしたが、間に合わなかった。


 その辺の事情は、ルーサルカの長男エルが掻い摘んで母親に説明する。状況的に一番危険の少ない方法で処理したが、結果としてベンチが粉々になった。その結論に、ルーサルカは自らの長男を手招きする。近くにきた我が子の狐耳を、きゅっと摘んで引っ張った。


「いててっ、お母様、痛いっ」


「痛くしているのだから当然よ。年上なのだから、庭ではなく安全な前庭へ誘導するべきだったわ。そのくらい考えて動きなさい」


 うっかり嘴を挟んだことで、とばっちりで叱られてしまった。摘まれた耳を取り返し、むっとした口調で叫ぶ。


「お母様はわからないだろうけど、獣耳は敏感で痛いんだからな!」


 言った後で、青ざめて口を両手で押さえたが遅い。狐獣人だが、人族とのハーフであるため獣耳がないルーサルカは俯いた。己の息子には狐耳が継承されたが、彼女は人族の血のせいで中途半端な外見であることを気にしている。


「あの……」


「聞いたぞ! このクソガキ!! 後悔するなら言葉にするな!」


 勢いよく走ってきて、息子に飛び蹴りしたのは元勇者のアベルだ。妻を泣かせた我が子を蹴り飛ばして転がし、ふんと両手を腰に当てて踏ん反り返った。


「たとえエルであろうと、ルカを泣かす奴は許さん。何か言うことは?」


「ごめんなさい、お母様。悪い言葉を吐きました」


「いいのよ」


 事実だもの。ルーサルカは少し悲しそうに笑い、我が子を許した。その感動的な場面に、ほとんどの子は顔を引き攣らせた。「うちの両親もこんな感じだ」そう思ったのが半数、残りは「過激過ぎるんじゃないかな」と感じた。


 ちなみに、ルーサルカの悲しそうな気配を察知したのか。アスタロト曰く「偶然」だと強調しながら立ち寄り、孫のエルがルーサルカを泣かせたと知って……叱ろうとして叱れず「気をつけるように」と注意だけした。その話を聞いたルシファーが、狡いと騒いで書類を山積みにされるのは翌日のことである。

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