64.侵入者は思わぬ置き土産をした

 少女によるベンチ粉砕事件の現場で、ルシファーはドワーフの親方と唸っていた。


「銀龍石は脆いのか?」


「いやぁ! 魔王城に使う建材は丈夫が取り柄だ。それだけ派手にぶっぱなしたんだろ」


「そうだよな」


 粉々になった砂状の残骸を拾い、派手に割れた石を眺める。綺麗な雲母の入った白銀の石は、見るも無残な状態だった。元がベンチだったなど、説明されなければ分からない。


「修理は難しいので、撤去して新設しよう」


 悩んでいても解決しないので、ルシファーは決断した。途端にドワーフの親方が指示を出す。わっと駆け寄ったドワーフが片付けていった。その横で腕を組んで見守る魔王……を窓辺から睨む側近達。


「あの人のサボり癖はどうしたら直りますかね」


「死ぬまで直らないと思うよ」


 アスタロトのぼやきに、窓枠に肘をついたルキフェルが返した。事実この長い治世において、直らなかったのだから無理だろう。分かっていてもぼやいてしまう。幸いにして緊急の案件が舞い込んでいないため、ルシファーのサボりは放置された。


 あまり追い詰めると反発しますからね。アスタロトは手元の書類を分類して、返却用の箱に投げ入れていく。その作業の横で、報告書を仕上げたルキフェルが欠伸をした。


「なんか平和だね」


「人族がいないだけで、こんなに静かになるなら……さっさと処分するべきでした」


 ここ数十年、城門を尋ねてくる自称勇者の処理がないだけで精神的に余裕がある。城下町の住人にとっては娯楽が減ったが、その分魔王チャレンジのイベントを増やすことが決まった。お祭りが減らないのなら、魔族に不満はない。


 10年に一度の即位記念祭も終わったばかりで、あと数年は大きな行事は――あ!


「大変です。すっかり忘れていましたが、500年に一度の大祭がそろそろではありませんか。ベールと打ち合わせをしなくては!」


「うーんと、今年の終わりくらいだっけ」


 焦るアスタロトに、ルキフェルも記憶を辿る。確かに今年だった。忘れる前に思い出せてよかったと胸を撫でおろすが、実際のところ……何回かは忘れて10年単位で遅れて開催されたこともある。勇者が定期的にケンカを売りに来ていた頃の方が、管理がしっかりしていたのは皮肉な結果だった。


 襲撃されると、勇者の本物偽物に関わらず記録される。その際に記録帳を開くので、予定された行事を見落とす可能性が減っていた。ここ数十年で大きなイベントがあることは漠然と理解していても、細かな年号は書類で確認するのが通例だった。


「僕は前回の式典の記録を出してくるから、ベールと調整して」


 会議の時間が決まったら連絡ちょうだい、と言い放ってルキフェルが部屋から出ていく。水色の髪を乱暴にかき上げる後ろ姿を見送り、アスタロトはベールへ連絡を飛ばした。返事が届く前に、ルシファーにも会議の連絡を……と振り返ったが、窓の外に魔王の姿はなかった。


「……いつものことですけどね」


 どうせ私室で妻子と過ごしているだろう。時刻を確認すれば、ちょうどお茶の時間が近い。にやりと笑ってアスタロトは廊下に出た。誰もいなくなった執務室に、窓から侵入する人影がある。きょろきょろと見回し、合図をして二人に増えた。


「僕、こっちを探すから」


「早く見つけて逃げなくちゃ」


 ひそひそ交わされる会話は、まだ子どものようだった。何が目的なのか。引き出しや机の上の書類箱には興味を見せず、棚や家具の周囲を探し回る。やがて苛立った様子で、一人が魔法を使った。なくした物を呼び寄せる魔法だが、その範囲が問題だ。部屋全体に魔法が行き渡り、机の上でいくつかの書類が光った。


「あった」


 見つけたのは小さな紙飛行機。それを大切そうに抱え、子ども達は窓から脱出する。この部屋に悲鳴が響き渡るのは、数十分後だった。

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