43.怒らせたら丁寧に敬称で呼ばれた
緊急案件として目の前に突きつけられた書類を眺める。報告書だが、その内容が問題だった。隣大陸の幻獣達が住まう地区の一画に自然災害が多発しているらしい。幻獣や神獣が住まう地区は、本来災害が少ない。なぜなら彼ら自身が自然に干渉する力を持ち、ある程度天候を弄れるためだった。
それが災害が頻発するとあれば、心配になって助力を請うのも頷ける状況だ。繁殖力が弱く、生息数も少ないため、彼らは保護対象だった。
「よし! 状況を確認しに行こう」
ぐっと拳を握り処理に動くと言い切った。アスタロトが「お願いします」とにこやかに応じる。普段は脱走したりと騒動を起こす魔王だが、こういう時の行動は早く頼りになる。決断力だって見事なものだ。問題解決能力は高かった。それに比例して、問題を起こしたり大きくする能力も高いのだが……。
今回もその能力を遺憾なく発揮した。
「リリスとイヴも一緒に! そうだ、手の空いている大公女がいれば……」
「手の空いている大公女? 全員忙しいです」
ぴしゃんと切られたが、めげないのがルシファーだ。
「じゃあ、リリスとイヴだけ」
「お二人は魔王城でお留守番です」
再びアスタロトの真っ当な否定が入る。邪魔されている自覚の足りない魔王は、うーんと考え込んだ。何とか連れていく方法を捻り出そうとする姿勢はいっそ見事だった。その真面目さが、仕事に生かされないのが本当に残念で仕方ない。
「さっさと仕事を片付けてください」
「いや。でも……ほら。リリスも知らない幻獣がいるわけだし。イヴだって新しい魔族と知り合った方がいいと思う。えっと、世界が広がるんだっけ?」
過去にリリスの育児中に言われた言葉を思い出し、なんとか許可を取ろうとする。しかし数万年に渡り、魔王ルシファーを操ってきた吸血鬼王は無駄な抵抗をねじ伏せた。
「魔王妃殿下が知らなくても不便はありません。姫様はまだ1歳にも満たない赤子で、会わせても覚えていません。そうですね?
公式の時に使う敬称で呼ぶことで、怒ってるぞと匂わせる高等技術を使うアスタロトの黒い笑顔。びくりと肩を震わせたルシファーが「わか、った」と頷いた。これ以上抵抗したら、問答無用で放り出されそうだ。
仕方なく、出かける準備を始めた。準備と言っても、リリスとイヴに挨拶をするだけなのだが……。リリスの顔へキスを降らせ、大切に抱き締めて何度も「行きたくないけど、行ってきます」を繰り返す。その腕の中で欠伸をする我が子イヴに顔を寄せ、結界越しに頬を触れ合わせた。
「今生の別れでもあるまいに、さっさとしやがれ。この魔王」
「っ! いってきます」
アスタロトが切れる直前、ようやくルシファーは二人から離れた。しょんぼりと肩を落として廊下を歩き、とぼとぼと階段を降りる。その姿は麗しい純白の魔王と呼ぶには、あまりに哀れだった。慣れている従者達は軽く一礼して通り過ぎ、侍女達もシーツを運んだりと忙しい。誰も同情してくれないあたり、彼が何度も同じ手を使った結果だった。
転移で姿を消したルシファーを中庭で見送り、ほっと一息つく。現場には、幻獣達を管理するベールがすでに出向いていた。もしかしたらと魔力を探れば、ルキフェルも同行したらしい。仕事を片付けるまで帰してもらえないでしょう。
安心して踵を返したアスタロトの目を盗んで、白いシーツを被った人影が転移魔法陣の前に立つ。もそもそと動く人影は、目当ての行先を見つけると手を触れた。ぴかっと光る。その後ろからフェンリルのヤンが飛びつき、一緒に転送された。
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