42.白い繭は容赦なく炙られました
魔王捕獲の一報が魔王城にもたらされ、アスタロトは安堵の息をついた。というのも、緊急案件が舞い込んでいたのだ。
「あとは逃げられないように連れ帰るだけですが……ベールは容赦ないですからね」
魔王妃リリスやイヴを人質に取ってでも運んで来るだろう。手早く問題に関する資料を集め始めた。転移にしては時間がかかっている。もしや、ルシファーが脱走を試みたか? またはごねているか。どちらにしろ、ベールが怒ったら引きずられて帰還するのは決定なのに。困った人だ。
アスタロトはそう考えながら資料を見やすいよう並べ直した。ふと魔王城の中庭へ向かうドラゴンの影に気づき、窓へ顔を向けて固まる。お茶を飲んでいなくて良かった。最初に浮かんだ感想がそれだった。
何かにぐるぐる巻きにされた純白の魔王が、魔王軍の空軍精鋭ドラゴンの足に捕まれて運搬されている。滅多にない光景は、それだけではなかった。ベールが羽を出して同行する姿は、数百年に一度の珍事だ。後ろには瑠璃竜王の名を冠する青いドラゴンが続いた。背中に乗っているのは、魔王妃リリスのようだ。
「ふっ……ぐ、ぶはっ。ダメです、おかしくて」
吹き出したアスタロトが蹲って笑いを堪える。が、どうやっても無理だった。我慢しきれずに笑う彼の声に、廊下を通りがかった侍従のコボルトがびくりと肩を震わせる。足早に彼らは逃げて行った。うっかり鉢合わせして八つ当たりされたら困る。
魔王城で働くということは、秘密厳守より八つ当たりされない要領の良さが重視されるのだ。無事定年まで勤めあげれば、高額の退職金がもらえる。それを楽しみに、愛らしいコボルト達はこそこそと逃げた。
以前は大型魔族の発着所だった中庭は、現在、転移魔法陣が大量に犇めく危険地帯である。大型種の着陸地点は、城門前の広場に変更となった。城門番の鳳凰アラエルが、背中に嫁のピヨを乗せて顔を見せる。着陸する魔族の顔を確認して報告するのも彼の仕事だった。
「……魔王、陛下?」
真っ白な繭状態の荷物を降ろす魔王軍のドラゴンが、よいせと横に避ける。踏まないよう気遣いながら、上下を確認して転がした。どうやら現在の上部が顔の向きらしい。じたばたとのたうち回る細長い繭だが、内側から無理やり破らないのはなぜか。どう見ても魔王陛下そのひとなのだが。
アラエルは疑問を持つが、後ろから現れたアスタロトの一言で事情を察した。
「ルシファー様、逃げようとしたのですか? ご自分の立場を考えてくださいと何度も言いましたよね」
叱られている内容からして、逃げて捕まったのだろう。鳳凰は金色に輝く瞳で空を眺めた。これは見なかったフリが一番賢い。ピヨはするんと背中を滑り降り、ぱたぱたと羽ばたいて広場に下りた。青い竜ルキフェルから降りたリリスへ向かって突進する。
「こらっ! ピヨ!!」
昼寝していたフェンリルのヤンが飛び起き、慌ててピヨを捕まえた。危うく赤子を抱いたリリスが押し倒されるところだったが、そこは護衛のヤンである。慣れた様子でピヨを咥えて、ぺっと吐きだした。大型犬サイズのヒナは不満そうにしながらも、ぺたぺたと歩いて近づく。
「遊んできたの?」
「そうね。でも遊ぶ前に捕まったの」
遊びに出たのだが、遊べなかった。残念そうなリリスの声と視線を追って、ピヨは繭状態の魔王に目を合わせた。もぞもぞ動く姿にびっくりしたのか、羽を動かしてぐわっと炎を吐きかける。
「なにあれぇ」
「あちっ、ちょ、あつぅ」
結界越しに炙られて、慌てて耐熱仕様を遮熱に変更する。ぶつぶつ文句を言うルシファーの襟をベールが掴み、執務室まで引き摺って行った。威厳もへったくれもない姿だが、魔王城に勤める者は「またか」程度の感想で一礼して通り過ぎる。ルキフェルがイヴの頬を突いたりしながらリリスと歩き出し、あっという間に城門前は静けさが戻った。
「我が君は懲りないのですな」
苦笑いしたヤンが走って城内へ飛び込み、ママを追いかけようとしたピヨはアラエルに捕まった。嫉妬より先に、言い聞かせることがある。
「何にでも炎を吐いてはいけないと教えただろう? ピヨ」
叱られても気にしない青い鸞のヒナは、不思議そうに首を傾げる。彼女が立派な鳳凰の一族として群れに合流するまで、まだまだ苦労が絶えない番アラエルであった。
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