44.落下するフェンリルとお姫様方

 こうなったら早く仕事を片付けて、帰城しよう。ぐっと拳を握り締めたルシファーに、ベールがふわりと近づいた。青いドラゴンはルキフェルだけだ。彼の背に乗ったベールが飛び降りると、ルキフェルもすぐに人化した。


「陛下、こちらです」


 長い説明を省くところがベールらしい。早く帰ろうと決意したばかりのルシファーに異存はなかった。移動しようとした彼らの上空で悲鳴が上がる。


「きゃぁあああ! 受け止めて!!」


 頭上から落ちてくる立場で、下の人に避けろではなく「受け止めろ」と要請する。なかなかの強者だ。聞き覚えのある声に顔を引き攣らせる3人が見上げた先は、巨大なもふもふだった。ぽんと音を立てて子犬サイズになり、落下の衝撃を和らげようとするフェンリル。


 地上までの距離を測っている様子から、先に下りて巨大化して悲鳴の主を助けるつもりらしい。だがルシファーを見ると、彼は叫んだ。


「我が君、姫様達が!」


「分かった」


 くるりと指先で魔力を編み、落下する人影を引き寄せた。真っ白なシーツに包まれた人物を両腕で受け止める。ふわりと舞ったシーツが、ばさりとルシファーの上に掛かった。お陰で落下した彼女の顔が露わになる。


 艶のある黒髪を揺らすリリスは、ほっと安堵の息を吐いた。その腕の中で、幼いイヴは目を見開いている。まだはしゃいだりする意思表示が始まらないため、驚きが表情の大半だった。


「ぶぅ」


 文句を言うように呻いた赤子に、白いシーツが近づく。


「イヴぅ……リリスも、無事でよかった」


 頬ずりする魔王は、白いシーツの塊である。その顔を押し付けようとして、我が子が振った手にぱしんと拒まれた。


「今の、イヴ? 凄いな! もう魔力を操るのか」


 にこにこ機嫌のいいルシファーの後ろから吹いた風で、シーツがはらりと足元に落ちた。白いシーツが取れても純白の魔王は、にこにこと笑顔を振りまく。しかしイヴはご機嫌ななめだった。


「だぁ!」


 振り回す手は届かないのに、ぺちんとルシファーを叩く音がする。魔力を操っているのだ。それが嬉しいルシファーは笑顔を振りまいた。


「リリス、無事か……っ」


「ええ、ありがとう。イヴも平気ね、よかったわ」


 家族で安全を確かめ合って安心しているところ悪いが……とルキフェルが声をかけた。


「なんでリリスがいるのさ。ルシファー? アスタロトに止められたはずだよね」


 推測なのに確証を込めて尋ねる水色の髪の青年は、むっとしている。責める口調に、ベールが溜め息を重ねた。


「はぁ……我が眷族の危機に、このような」


「いやいや、オレが連れてきたんじゃないぞ」


「そうよ、イヴと私が勝手についてきたの。ヤンはおまけよ」


 頑張って着地したのに、えらい言われようである。ヤンがしょんぼりと尻尾を垂らした。続いて耳も垂れてしまう。


「ごめんなさい。そういう意味じゃないの」


「じゃあ、どういう意味?」


 ヤンの代わりに抗議するつもりなのか、ルキフェルが尖った口調で応じる。今回は幻獣達に危険が迫っており、緊急性があった。その事件に、なぜリリスが首を突っ込むのか。育児に忙しい時期なのに。いろいろと含ませた声は刺々しかった。


「原因を知ってるからよ! 私が一緒の方が早く解決するわ」


 きょとんとした顔になったルキフェルの後ろで、ベールが「原因を知ってる?」と眉を寄せた。どうやらお姫様は遊びたくて同行した訳ではないらしい。そこまで気づくと、ルキフェルの表情が和らいだ。


「リリスは原因を知ってたのか。来る前に教えてくれたら助かったが」


「だって、教えたら私が来る理由がなくなるじゃない」


 やっぱり来たくて、強引について来たらしい……。しょげたヤンを撫でるルシファーは苦笑いして、屈んだ。視線を合わせて言い聞かせる。


「危険じゃないか」


「平気よ。ルシファーが隣にいて、危険な場所なんてないわ」


 正論すぎて、大公も魔王も反論できなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る