25.お義父様と呼びなさい

 ぱっと光が散って、音もなく魔法陣は消えた。……特に爆発はなく、誰もがほっと胸をなでおろす中……ルシファーが首をかしげる。その様子にアスタロトやベルゼビュートが眉を寄せた。


「魔法陣が、消えた」


 ぽつりと呟いた魔王の言葉は、目で見た現実を話した物ではない。実際、建物に適用する予定だった魔法が無効化されていた。何も保護されていない建物だ。だが魔法陣が効いたと思ったドラゴンの子が、勢いよく蹴りを入れる。びしっとヒビが入り……尻尾での追撃に柱が崩れた。


「え?」


「は!?」


「きゃあ、危ないわ!」


「逃げろ」


 口々に叫ぶ民の上に結界を張って、ひとまず安全を確保する。目に見えるよう色を付けた結界のお陰で、人々のパニックはすぐに静まった。


「リリス、これは」


「魔力を流したのよ?」


 それだけと言われても……確かにルシファーの結界をリリスが通過するほど、魔力の親和性は高いが掻き消すのはおかしい。


「そういえば、イヴからも魔力が出てたわ。すっごい綺麗な水色よ」


「「それだ(よ)!」」


 ルシファーとベルゼビュートがハモった。


「ですが、ルシファー様とリリス様の魔力を掻き消す程の力が?」


 まだ幼子どころか、赤子ですよ。後半を濁したアスタロトの疑問に、魔王と大公達がイヴを見つめる。だが他に原因は考えられない。唸る上層部に、中間管理職の大公女シトリーが苦言を呈した。


「大変失礼ですが、外の騒動を収めてからにしていただけませんか」


 少しムッとした尖った口調に、慌てたのは魔王ルシファーだった。ふわりと2枚の羽を広げて、結界の外の瓦礫を片付ける。そこから復元用の魔法陣を重ねて、崩れた壁や柱の修復を行った。


「あっ! そんな直し方はいけねぇ! 元に戻してくだされ」


 見ていたドワーフの親方に叱られ、迷った末に瓦礫にして積み重ねた。崩れた石は脆くなるからそのまま使うなと怒鳴るドワーフに「すまん」と謝る羽目になる。結局建物の修繕が入ることになったが、通学は予定通り明日からと決まった。


「陛下と魔王妃殿下は執務室でお待ちください、いいですね? 執務室ですよ」


 後片付けがあるアスタロトに五寸サイズの釘を打たれ、ルシファーは引き攣った顔で頷いた。リリスを連れて早々に城へ逃げ帰る。言われた通り執務室に向かう辺りは、ここで逃走した際の被害の大きさを理解しているらしい。


 残されたアスタロトは、ドワーフに修繕指示と見積もりの手配をさせた。その間にベルゼビュートが民を避難させ、ケガ人がいないか確認する。するべきことは数多くあるので、手分けして片付けた。シトリーは登校予定の子ども達のケアに回り、他の大公女も騒動を収めるために動き回っている。


「では任せます。後はベルゼビュートに指示を仰ぐように」


 大公女達に微笑んで、アスタロトは表情を険しくした。その顔に、義娘のルーサルカが慌てて声を掛ける。


「アスタロト大公閣下」


「お義父様と呼びなさい」


 え? そこ? ここは公式の場よね。シトリーとルーシアが顔を見合わせる。しかし、アスタロトの対応に慣れたルーサルカは素直に言い直した。


「お義父様、リリス様をあまり叱らないであげて。陛下もお気の毒ですわ」


「わかりました。そうしましょう」


 え? 本当に? それでいいの!? シトリーとルーシアが思わず小声で確認し合った。幸いにもアスタロトはルーサルカに向いており、彼女らの無礼を指摘しない。立ち去る大公を見送った二人は、ルーサルカに詰め寄った。


「ねえ、おかしくない?」


「普段の大公閣下じゃないわ」


「そう? 家ではあんな感じよ」


 心底不思議そうに首を傾げるルーサルカを見て、この子も毒されてきたわねとルーシアが溜め息を吐いた。そこでシトリーが「あっ!」と声を上げる。


「大変! 学院の建物に結界と自動修復魔法がかかってないわ!」

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