24.暇だから来ちゃった

 数年分の入学希望者が埋まってしまったので、入学枠を増やす相談が始まっていた。騒動の原因となった自覚のないルシファーは、見て回った学院の施設に満足げだ。リリスが通った保育園と違い、玄関前に「勇者に倒される寸前の魔王」の彫像がないのも気に入った。


「ルシファー、来ちゃった」


「リリス!?」


 いつの間にか後ろに追いついたリリスは、イヴを抱いている。まだお披露目前なのに、平然と抱いて現れた魔王妃にアスタロトが頭を抱えた。ベルゼビュートは大笑いしているが、アスタロトに睨まれ両手で口元を押さえる。笑い続けたら危険だと本能が警告したらしい。


「おや、残念ですね」


「八つ当たりはご免よ」


 ルシファーとリリスの暴走の結果を、あたくしが受け止める必要はないわよね。そんなベルゼビュートの本音に、アスタロトは曖昧に微笑んで答えなかった。


「この学校、素敵ね」


「ああ、ドワーフは忙しくてもいい仕事をする。この建物の構造は、他の学校や保育園で共通になりそうだ」


 四方向を壁で囲む中庭のある建物だ。コルティーレと呼ばれるこの建築方式は、子どもを保護することに適していた。実際、ミュルミュールがリリスを預かった保育園では、同様の建築方式が使われている。リリスが魔王妃候補となった「暴走したメスによる保育園襲撃事件(公式名称)」では、この建物の構造により安全を確保できた。


 四方向に建物があるので、外部から侵入する者が一目瞭然だ。その上、庭で遊ぶ子どもの姿が複数の窓から確認できることで、誘拐などの可能性が減る。事故が起きた際も、早く気づける利点があった。問題があるとすれば、中庭の閉鎖性だろうか。


 外部と切り離されることで、外の騒動に気づきにくい。この部分は結界と同じなので、対策も可能だった。子どもが宝である魔族にとって、預けた我が子が元気に無事帰ってくること程大切な要件はない。


 全体に煉瓦壁と青い屋根で作られた学院は、今後もすべて同じ素材で統一して建てることが決まった。外観で学校と分かる建物にするなら、今後は別の建物に同じ色を使わないよう指示を出す方がいい。そんな話を決めながら、ルシファーはリリスを連れて建物を見終えた。


「リリス……アスタロトが怒ってるぞ」


 こっそり陰で囁く。ちらりとアスタロトの様子を窺ったリリスも小さく頷いた。


「だって来たかったんだもの」


「オレは会えて嬉しい。逃げるか?」


「後が怖いから、説教された方がいいと思うわ」


 すぐに逃げる選択をする魔王だが、何度も叱られる夫を見て学んだ魔王妃は首を横に振った。ここは逃げたら説教が長くなり、罰も増えると思うの。もっともなリリスの話に、ルシファーはがくりと肩を落とした。


「行事はこれで終了か?」


 着飾った姿で振り返る主君へ、アスタロトは恭しく一礼して否定した。


「いえ、この建物の保護と自動修復の魔法陣が設定されていますので、そちらを作動させる役目が残っておりますよ」


 やたら丁寧に説明され、顔を引きつらせながら「思ったより怒ってるな」と呟いた。それでも今回騒動を起こしたのが自分ではないと考えるルシファーは、普段より軽く受け止めている。


「わかった。では全員外へ」


 魔法陣の内側で何か影響を受けると困るので、ぞろぞろと魔族が建物の外へ移動した。見上げる立派な建物は平屋だ。魔族は二階建て以上の建物は滅多に建てない。理由はいともシンプルで、縦に移動することが面倒だから。広い土地がある魔族にとって、建物は上に伸ばすより横へ広げる方が一般的だった。


 魔王城などの城や、ツリーハウスといった特徴的な建物以外は、平屋が基本だ。屋根裏を大きくしたことで、全体に荘厳さを醸し出す学院へルシファーが魔力を注ぐ。足元から魔法陣が浮き上がり、建物全体を覆った。巨大化する魔法陣はその度に模様を複雑化させながら、魔王の魔力で輝く。


「私も手伝ってあげるわ」


「え?」


 リリスがえいっと手を振る。雷を警戒したアスタロトが結界を張るが、今回は違ったらしい。発動待ちの魔法陣がくるくると回転し、光を増した。

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