15.奇跡が起こるかも、な?

「そんなのおかしいわ!」


 泣きながら声を上げて抗議したのは、ネズミ獣人の少女だった。言葉が通じない魔獣にいきなり尻尾を食い千切られた。彼女は己が被害者だと訴える。両親や周囲が窘めても、彼女は納得しない。


 ルシファーはここでようやく動いた。


「かつてお前と同じ理論で、己の正義を振り翳した者がいた。先に相手の領域を犯したにも関わらず、反撃されたことに腹を立てたのだ。必要以上の攻撃を相手に加えた結果、彼らはどうなったか。すべての魔族を敵に回した」


 びくりと少女は肩を揺らす。言葉の意味を噛み締めるように俯き、視線が彷徨った。彼女も心の底では理解しているのだ。フクロウの食料を奪い、謝罪しなかった自分達が悪いことを。ただ認めることが怖い。この尻尾のまま罪人として生きる覚悟が出来ないのだろう。


「今回のオレは見届け人だ。手を下すことはないし、判決を変えることもしない。だが、大公はどう思うかな? 周囲の獣人や魔獣はお前と同じ考えを持つだろうか」


 ぽろりと涙が落ちて、彼女は袖で拭う。だがまた溢れて、顔がくしゃりと歪んだ。


「私、知らな、て……ごめ、なさ……い」


 ギリギリのところで足掻くことは大切だ。だが、許されるか否か見極めることも重要だった。フクロウの魔獣達は困惑した様子で顔を見合わせ、一様に頭を下げて動かなくなる。最大限の謝罪を見せた魔獣へ、ネズミ獣人の親も頭を下げた。


 互いに謝罪が受け入れられ、ここで話は補償に移る。ネズミ獣人はフクロウ達に餌を提供する約束をし、今後は子どもへしっかり教育を行うことを決めた。そこに魔獣の言葉を習う機会も加える。


 フクロウ達も反省し、子どもへ危害を加えずに話し合うと宣誓した。その上でネズミ獣人達への支援を決める。切ってしまった尻尾をそっと返したが、もう生えてくることはない。泣きながら受け取った子ども達へ、ルシファーがにやりと笑った。


「さて、ここに都合のいい新作魔法陣がある。反省したフクロウの魔獣は魔力を流し込め。子ども達は魔法陣の中で心から悪かったと謝るんだ。そうしたら奇跡が起きるかも、な?」


 ふわりと浮いた魔法陣の下へ、獣人の親達が我が子を押し込む。魔法陣へ舞い降りたフクロウが目を閉じて魔力を搾り出した。魔獣であるフクロウの魔力量は多くない。足りないかも知れないと必死になる彼らの後ろで、翡翠竜がこっそり魔法陣に触れた。


 ぶわっと緑の光が走り、魔法陣が発動条件を満たした。大量の魔力が満ちた魔法陣は、子ども達が握る尻尾と同じものを尻に生やす。それは治癒ではなく、時間を戻す作用があった。かつての尻尾より僅かに劣るが、子ども達はそれぞれの尻尾に大喜びして踊る。


 魔法陣の上で伏せて休むフクロウへ向け、口々にお礼を告げた。にこにこと見詰めるルシファーへ、ルーシアが「陛下らしい采配ですわ」と苦笑いする。調停人として、どんなに経験を積んでも敵う気がしなかった。


「私の判決は必要だったか?」


 首を傾げるレライエに、翡翠竜がしがみつく。


「ライ、すごくカッコよかった。ほ、惚れ直した」


 照れながら短い両手で頬を覆う夫に、レライエの拗ねた表情が解けていく。これで一件落着。さっと時間を確認したルシファーが慌てた声で解散を告げた。


「やばい! リリスに外出がバレる。帰るぞ、レライエ、ルーシア、ついでにアドキス」


「なんでついでなんですか!!」


 ぷりぷり怒るミニドラゴンを宥める大公女達を連れ、魔王は大急ぎで転移した。パッと現れ、さっと消えた純白の魔王を見送り……フクロウとネズミ獣人は顔を見合わせる。そこにもう憎しみや怒りはなかった。


「今日のお食事は、これでいかがでしょう」


 雑食のフクロウへ、昆虫や木の実を提供し、明日は小型の獣を捕獲すると約束する獣人の長。丁寧に頭を下げて礼を言ったフクロウ達は、目の前で貰った食事に口をつけた。隣人との蟠りが消えたことで、彼らは翌朝まで宴を催して盛り上がる。


 今回の話が功績として魔王城に伝わるまで、数週間かかった。リリスを始めとし、大公達にも外出がバレた魔王は軽く説教されたとか。

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