14.僕の嫁に色目を使わないでください

 見届け人に魔王ルシファーが入ると聞いて、ネズミ獣人達は慌てふためいた。小さな両手いっぱいに木の実を抱え、魔王の前に積み重ねていく。彼らに出来る最高のもてなしだった。


「もてなしは不要だぞ。仕事だからな」


 笑顔で受け取りを拒む魔王に、混乱した獣人達も少し落ち着いた。賄賂にならないよう、木の実をよそへ移動させる。魔族にとって賄賂を贈ることは最低の行為なのだ。お礼は弾むが、自分達が有利になるよう渡すのは軽蔑対象だった。


「状況説明を頼む」


 話すのは構わないが、ネズミ獣人達は自分の子が被害者だと思っている。この環境で先に話をするのは、難しい。ルーシアが念話で掻い摘んだ要点だけ伝えた。風の精霊である夫から教わった方法だ。


「……なるほど。お手並み拝見と行こうか」


 ルシファーは口元を緩めた。大公女二人の成長を確認するつもりだろう。試されるのは仕方ないとルーシアとレライエが頷きあった。大公も魔王も、配下を育てて試すことは珍しくない。


「陛下、僕の嫁に色目を使わないでください」


 むっとした口調でアムドゥスキアスが突っかかる。ミニドラゴンの威嚇を興味深そうに眺め、妻にしがみ付く翡翠竜の首を摘んで持ち上げた。ぶら下げられた状態で、翡翠竜のパンチが飛ぶ。だが腕が短すぎて届かない。蹴りも繰り出すアムドゥスキアスは、本気だった。


「ちょっと来い、翡翠竜」


 連れ去られる夫の様子を見ながら、レライエは溜め息を吐いた。


「どうして負けると分かっているのにケンカを売るんだ?」


「あら、可愛いじゃない。うちのジンだって、お父様に対してはあんな感じよ」


「そういうものか」


 手早く報告書を兼ねた書類を作り上げ、二人は準備を整える。離れた場所でひそひそと話し合った魔王と翡翠竜は、なぜか意気投合して帰ってきた。


「当事者を集めてくれ」


 転移したルーシアが、フクロウの魔獣を連れてくる。今回の騒動で手を出した者と目撃した者を、それぞれ止まる木の枝で分けた。睨みつけるネズミ獣人が、用意された箱の上に並ぶ。これで関係者はすべて揃った。


「協議を始めるが、結末や内容に関わらず1時間を過ぎたら中断するぞ」


 魔王の宣言に誰も反対意見は出さない。気遣ってもらって申し訳ない、とルーシアが一礼した。


 尻尾を噛み千切られた被害を訴えるネズミ獣人は、我が子の短くなった尻尾を見せて抗議する。フクロウの魔獣達は、羽をバタつかせて苛立ちを露わにした。彼らが拗れてしまった原因が、ここにある。


 魔獣の言葉が分かる者が、ネズミ獣人の集落にいなかったのだ。ネズミを捕食するフクロウの習性を大人は理解している。だが子ども達は「可哀想」と感じた。言葉も通じないフクロウが怒る理由が分からず、謝る必要も感じなかった。


 自分達は木の実や昆虫などを主食とするため、肉食動物の生き餌の考えも知らない。捕まったネズミを逃した行為が、フクロウの命を脅かす行為と思わなかった。


 双方の言い分を通訳を交えて終えた途端、ネズミ獣人の親達は青ざめる。まさか他種族の食料に手を出したなんて……想像もしなかったのだ。きょとんとした顔の子ども達は、代わりに餌として差し出せと命じられても、文句が言えない大罪を犯していた。


「調停役として、大公女ルーシアの名において和解を勧告します」


「ふむ。法務官はどう思うか?」


 ルシファーが法律を担当するレライエに意見を求める。見届け人は結果を含め、途中経過にも口を挟まないのがルールだ。己の意見を封じたルシファーへ、レライエは法に照らして結果を導き出す必要があった。


「双方とも譲歩の上で、和解を受け入れるべきと考えます。今回の騒動の原因となったネズミの獣人達は被害者ではなく加害者であり、フクロウの魔獣に対して相応の対価を支払うべきである。だが加害行為は行き過ぎであったため、フクロウの魔獣側も反省して誠意を示すべきでしょう」


 喧嘩両成敗、かつてルシファーが行った裁きを参考にした答えに、双方の魔族は静かに頷いた。

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