13.示談するのも手順が必要です

 もう一度詳しい事情聴取を行う必要が出てきた。可愛い愛娘達との夕飯は間に合わないと判断し、ルーシアは肩を落とす。こういう仕事だから仕方ないけれど、もっと姉妹との時間を取りたかった。どちらも聞き分けがいいだけに可哀想になる。


 姉が水の精霊で、妹は風の精霊だった。どちらも外見は青や水色で、一族の特色が強く出ている。ルーシアにとって世界一可愛い姉妹だ。


「いっそ魔王城の客間を改装して、家族で暮らそうかしら」


「奇遇だな、私もそう考えていた」


 レライエが笑いながら同意する。昨夜のケンカも、一緒に寝る時間が少ないと拗ねたアムドゥスキアスとの言い争いが原因らしい。提案すれば、すぐにでも準備されると知っているから検討することにした。


 まずは目の前の事件の解決が先だ。ルーシアは念の為に夫ジンへ向けて、仕事が長引きそうな旨の連絡を入れた。


「アドキス、通訳を頼めるか? 頼りになるのはお前だけだ」


 洞窟二つ分の莫大な資産を結納として受け取ったレライエは、一文無しになった夫の機嫌を取る。フクロウの魔獣は残念ながら人と同じ言語を操ることが出来ない。喉の機能の問題なので、頭の出来とは無関係だった。竜族で長寿な翡翠竜は、魔獣がよく使う言語を習得しているので、この場での通訳に最適なのだが……。


「僕、どうせ役立たずだもん」


 すっかり拗ねていた。さっきは咄嗟に通訳したが、もう口も利かないんだからねと顔を逸らす。しかしその両手両足は本音を反映し、がっちりとレライエにしがみついていた。


「そうか。残念だ……アドキス以外を頼る気はないから、諦めるか」


 ここで第三者の通訳を連れてくる選択を捨てて見せる。もじもじと動きながら、腰から這い上がってきたアムドゥスキアスが、ちらっと妻の顔色を窺った。


「て、手伝ってもいいけど」


「本当か? ありがとう、さすがは私の夫だ」


「当然ですよ、僕は翡翠竜で、ライの夫なんだからね」


 ふふんと得意げにしている小型竜を見ながら、ルーシアは全力で笑いを堪えていた。声を出さないために唇を噛み、肩を震わせて全身で堪える。無理、この話は夫と分かち合いましょう。彼女はジンに暴露することを決め、傍観者に徹した。


 レライエと翡翠竜の間に生まれた子は、実はまだ卵状態だ。魔力量の多いドラゴンの子は、卵の期間が長い。その意味で、竜族も竜人族も期待する卵だった。薄緑の殻の卵は、普段からレライエが持ち歩くので、現在も手元にある。その卵が入ったバッグは、かつて婚約者が入っていた袋だった。


 卵のバッグを上から撫でながら、レライエはフクロウの魔獣側の聴取を行う。転移したルーシアがネズミ獣人達の言い分を聞いた。新しく得た情報を総合して、行き違いの原因を探るのだ。


 どちらも領地が隣り合っているため、今後の生活に支障が出るトラブルは困る。かといって領地替えを申請すれば、住み慣れた地を離れるしかない。事件から少し時間が空いた今、穏便に解決したいのはどちらの種族も同じだった。


「話し合いの場を作りましょう。法務はライがいるし、調停役は私……見届けが必要ね。誰がいいかしら」


「アドキスではダメなのか?」


「ライが法務を担当しなければ問題ないけど、身内同士は禁止されてたわ。ルカは休暇中だから……」


 悩む彼女らに声がかかった。


「オレではダメか」


 純白の長い髪を揺らし、黒いローブを纏った強者の登場に、皆が固まった。


「え? 陛下!?」


「事件が起きたと聞いたので、ちょっと顔を出してみた」


 庭先で物音がしたので、そんな軽い雰囲気で出歩く魔王に呆れが先行する。おそらく書類か仕事を放り出してきたのだろう。予想がついてしまった二人は顔を見合わせる。


「リリス様はどうなさったの?」


「イヴに乳をやるから部屋を出されたんだ」


 それで拗ねて出歩いたのね。事情を察して苦笑いする大公女達は、魔王ルシファーへ一礼した。


「ぜひ見届けをお願いいたしますわ」


 魔族において最高の見届け人だった。

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