12.被害者だと思ったら加害者だった

「シアが応援要請なんて珍しいな」


 驚いたと言いながら、すぐに転移で駆けつけた友人レライエは腰に夫をへばりつかせていた。大公ルキフェルに匹敵する実力者、翡翠竜のアムドゥスキアスだ。彼は翡翠の鱗を持つ小型のドラゴンだった。魔王城を半壊させた過去を持つ竜は、何やら拗ねている。


「相変わらず一緒なのね」


 昔から見慣れた光景だが、最近のアムドゥスキアスは仕事に打ち込んでいた。婚約時に戻ったように、べったりと貼り付いて離れようとしない姿は久しぶりだ。懐かしくなって、ルーシアの頬が緩んだ。


「昨晩ちょっとケンカをしただけだ。見ないフリしてくれ」


 ちらっとルーシアを見て会釈すると、翡翠竜はまた顔を埋めて何か呟いている。病んだ姿は痛々しいが、レライエが問題ないと言うならその通りでいいのだろう。手早く事情を説明したルーシアに、レライエは眉を寄せた。


「つまり犯人を捕らえる役でいいのか?」


「捕らえるのはもちろんだけど、魔王城で審議を受けさせる必要があるわ。ネズミの獣人の尻尾は、新たに生えてこないのよ」


 リザードマンなら生え変わるが、ネズミ獣人は切れたら終わりだ。取り返しのつかない傷害事件だった。さらに未婚の少女にとっては、顔面に消えない傷を残されたのと同じ状態だ。少女が自殺しなくてよかったと胸を撫で下ろすほど、残虐な事件である。法律関係を担当するレライエは神妙に頷いた。


「わかった。城門前に転送しよう。私が捕まえるから、ルーシアは私ごと犯人を転送してくれ」


「お願いね」


 手分けしてルーシアとレライエは動き出した。心配そうに見守るネズミの獣人達に、集落から出ないよう言い聞かせる。追いかけて手伝おうとする魔族も多いが、大抵は足手纏いだ。悪くすると人質にされ、こちらの足を引っ張った。


 ネズミ獣人を襲ったのは、領地を接する魔獣だった。フクロウなのだが、普段は大人しくて賢い魔獣として知られる。動物のネズミは捕食するが、獣人に手を出すことはなかった。突然の凶行の意味が分からず、事情を聞く必要がある。


 もちろん傷害は犯罪なので、しっかり償ってもらうが、止むに止まれぬ事情があった場合には考慮されるのだ。


 ルーシアはひらりと蝶の羽を広げて移動し、フクロウの魔獣を探した。大木の枝やうろを中心に探した結果、見つからない。同じ領地に暮らす一角兎の魔獣が居場所を知っており案内してくれた。


「ありがとう、助かったわ」


 一角兎に礼を言って別れる。見上げるほど大きな木の枝に、フクロウの魔獣が集まっていた。普段は個々に己の決めた木に住むのだが、何かあったのだろうか。


「ネズミの獣人への襲撃について、話を聞かせてくれるかしら。私は大公女のルーシアよ」


 魔族保安維持執行官の肩書を出せば、加害者である彼らは威圧されたと感じるはず。気遣ったルーシアの声に、数羽が舞い降りた。大きな翼を畳んで首を傾げる。それから長老らしき一際大きな一羽が口を開いた。


 ぐわぁ。鳴き声に反応したのは、同行したレライエのおまけだった。


 ぐるる……喉を鳴らして答えた翡翠竜に、目を輝かせてフクロウが説明する。すべて聞き終えたアムドゥスキアスが唸った。それから通訳を始める。


「捕まえた食糧のネズミを、獣人達が逃してしまったらしい。関わった当事者を攫って謝罪を求めたが、会話が出来ず暴れ出した。それで尻尾を咥えて千切ったんだって……言ってる」


 他者の食料を奪う行為は禁止されている。同族や家族を助ける場合は許されるが、ネズミ獣人とただのネズミは同列ではなかった。ネズミ繋がりで同情したのか、助けを求められてつい手を出したのか。どちらにしろ、先に森の掟を破ったのはネズミ獣人の方だった。

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