11.保安維持執行官というお仕事
ルーシアは子どもが出来づらい精霊族同士の婚姻だった。水と風、属性が違うことで子どもは一番最後だと思ったのに、意外と早く身籠る。大きなお腹を抱えながら、文官としての調整役をこなした。
貴族はもちろん、各種族には自分達のルールがある。他種族と違う決まりは、思わぬトラブルを招くことがあった。その調整を行う執政官が必要なのだ。以前は神龍族の長老モレクが担当したが、彼が大往生した後は臨時でベールが取り仕切ってきた。
大公の仕事量は多岐に渡り、その量が増えることはあっても減ることはない。書類処理の革新をもたらした日本人のお陰で、事務処理はかなり軽減された。だが、その分だけ大公は別の仕事に時間を費やしている。ルーシアはそこに、己の仕事場を見つけた。
ベールが間に合わない種族間調整を行ううち、徐々にその面白さに惹かれていった。歴史の授業が大好きな彼女にとって、各種族が執り行う儀式は興味深い。伝統を重んじる精霊の侯爵令嬢として生まれたため、そういった儀式を大切にする気持ちも尊重した。
若い女性と侮った者もいたが、大公女としての実力と持ち前の穏やかさで騒動を鎮めてしまう。精霊族はもともと魔法に特化した一族だ。新しい技術や魔法に対して拒否反応が少なく、好奇心旺盛だった。
ルーシアの見た目は、水色の髪の大人しいお嬢様だろう。世間知らずで従順そうに見える。しかし己の数倍もある巨人族に攻撃されても、魔法の盾で防いで微笑む豪胆さも持ち合わせていた。
風の精霊である夫ジンへ可愛い姉妹を預け、魔王城に持ち込まれたトラブルの報告書に目を通す。休暇明けですぐに出張になりそうだ。ちらりと時計の針を確認し、頭の中で計算した。今から出掛けて、順調にいけば定時で帰れるわね。報告書は明日にしましょう。手早く段取りを決めると、問題の経緯が書かれた書類を手に執務室を出た。
大公女達が選ばれた当初、転移魔法陣は一部の上位魔族だけが使う特殊なものだった。そのため、自宅が離れている大公女は通うことが難しく、住み込むための部屋を与えられたのだ。今はそこが各自の執務室になっていた。
ルーシアは白を基調とした家具が並ぶ部屋から中庭へ向かい、すぐに魔法陣を選んで転移する。護衛は不要だった。全員が制服がわりに着用するクリーム色のワンピースは、魔王の魔法陣が刻まれている。緊急時に魔法を弾き、彼女らを魔王城へ転移する機能が付与された。
即死でなければ、必ず助かると言ってもいい。油断せず結界や魔法を併用する大公女に、危害を加えられる者はほぼいなかった。転移した先で、小さなネズミの獣人に挨拶をする。
「魔族保安維持執行官のルーシアよ。今回の騒動のあらましを聞かせて」
「こちらへどうぞ」
案内された家は小ぶりで、屈んで玄関前で話を聞く。収納から取り出したシートとクッションを敷いて座る彼女に恐縮しながら、ネズミ達は襲撃された当時の話を始めた。
「つまり、いきなり明け方に襲撃されて、数人が連れ去られたのね。誰か戻ってきたの?」
「……全員戻ってきました。ですが! 尻尾を齧られていたんです!!」
「まぁ! なんてひどい」
驚いて声を上げたルーシアに、恥ずかしそうにしながら数人のネズミ獣人が尻尾を見せてくれた。根元の近くで千切れた尻尾は、包帯のように布が巻かれている。中には涙ぐむ少女もいた。
「もう、お嫁に行けないわ」
ネズミ獣人にとって、細い尻尾と大きな丸い耳は重要なアイテムだ。美醜を決めるひとつの要因だった。それを千切られ、村一番の美少女はショックを隠せない。同情はあるが、彼女の世間の狭さが気になった。
「お嫁に行けないのは、相手がネズミの時でしょう? 他の種族との婚姻も考えてごらんなさい。あなたの知らない世界がまだあるのよ。よかったら魔王城で侍女をしてみない?」
ルーシアの執務室には、決められた侍女がいない。そこで学んだらいいと道を示した。涙を拭きながら頷く少女を預かる話を進めながら、ルーシアは応援を呼ぶことに決めた。悪質な悪戯には、それなりの対応をしなくちゃね。
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今年も綾雅(りょうが)にお付き合いくださり、ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。良いお年をお迎えください。
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