10.復帰したら仕事が山積みでした
結婚から12年、魔王妃が魔王の子を産んだ。沸き立つ魔族は各地で祭りを催し始めた。騒動が大きくなる勢いに、大公達はある程度の歯止めが必要と動きまわる。
「私は仕事に戻るわね」
大公女の一人であるシトリーは夫グシオンへ微笑み、出掛ける際の挨拶としてキスを交わす。以前に希望した通り、彼女は子ども関連の役職に就いた。孤児がいれば養子縁組を進め、各地の養親の様子を定期的に確認する。増えた保育園に加え、教育機関としての学校建築も計画していた。
忙しい中で時間をやりくりした大公女シトリーは、溜まった書類や報告書を確認するために執務室の扉を開け……動きを止めた。床から積み上げられた紙は机より高く、崩れないのが不思議なほどだ。無視して帰りたいが、ここで帰っても明日同じ光景に出会うだけ。
少しでも減らしたら、また運ばれてきそう。かつて魔王が同じ感想を抱きながら書類処理をしたことを思い浮かべ、シトリーはくすくすと笑い出した。大人は大変ね程度の感想だったけど、同じ立場になるとこんなに堪えるなんて。
「頑張るしかないわ」
シトリーは銀の髪を手早く丸めて、頭の上の方で固定した。髪留めで飾り、固定用魔法陣を使用する。かつてリリスの髪留め用に開発された魔法陣だが、今もあちこちで活用される大ヒット商品だった。
上着の袖が汚れぬよう脱いで、書類を崩し始める。緊急用書類と通常の書類が混じっており、どうやら一度崩れたようだと溜め息を吐いた。
「失礼します、あら……手伝う?」
ノックの音とともに顔を覗かせたのは、日本人のアンナだ。彼女は双子を産んでいるが、もう13歳になり学校に通わせていた。仕事に時間を割けるようになったので、文官として様々な部署の補佐を引き受けている。
艶のある黒髪を三つ編みにした友人の出現に、シトリーはすぐ飛びついた。
「お願い、アンナ」
分類だけしてくれたらいいんだけど。両手を合わせてお願いされ、アンナはすぐに頷いた。床に落ちた書類を拾いながら、手にしていたファイルを横に置く。ここからが彼女の本領発揮だ。書類の右上に押された印を元に、書類の分類が始まる。
書類の右上のスタンプは、書類の重要度や緊急性、種類を示していた。さまざまな書類が行き交う魔王城の状況を見たアンナの提案で、分類しやすいよう書類を作成した者が押すルールだ。緊急用や重要度は色でも区別される。何も押されていない書類は報告書の類だった。
手早く分類したアンナから、緊急性が高い書類を受け取る。シトリーが処理する間に、追加書類の中から「再提出」の印が押されたものを引き抜いた。これは処理済みが帰ってこないことで、紛失の可能性を考えて催促のために複製される書類である。内容が他の書類とかぶっている可能性があり、別に管理すれば分かりやすい。
書類整理を一通り終えると、アンナは額に滲んだ汗を拭いた。
「じゃあ、また後でね」
「助かった! ありがとうね。またお饅頭持って遊びに行くわ」
署名用インクは魔力に反応して消えてしまう特性がある。以前に行われた署名の複製による偽造防止策らしいが、お陰で署名を終えた書類は手作業で分類しないとやり直しになってしまう。風の魔法を得意とするシトリーも、うっかり書類を風で運ばないように気を付けていた。
「さあ、忙しいんだから頑張らないと!」
今夜は我が子と星を見る約束だった。シトリーは双子だったが、年子でも兄妹という関係は自分と同じ。夫グシオンにそっくりな息子は火龍で、妹は色彩こそ淡いものの火龍である点は一緒だった。シトリーはまだ膨らまないお腹をそっと撫でる。
今度は私に似た子がいいわ。お兄様が楽しみにしてるし、鳥人族の子が望ましいけれど……そこでふわっと笑う。
「どちらでもいい。元気に生まれてね」
魔の森が眠りにつく今、魔族にとって最も子どもが増えやすい環境だ。学校や保育園の増設を進めないと、追いつかれちゃうわ。シトリーは気合を入れて、再び書類処理を始めた。
子どもに関する事業を束ねる大公女シトリーは、我が子との約束を守るためペンを走らせた。
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