4. 《チート・シングル》レベル100万(12月24日19時)

「え、マリー皇女殿下、今何とおっしゃいましたか?」


 今のは聞き間違えか?


「私の専属護衛になってくださいと、お願いしたのです、ニコラス・クリストファー」


 ……専属、護衛、だと!?


 この、僕が……?


「マリー皇女殿下、お言葉は嬉しいのですが、私で務まるとはとても――」


「それは違いますわ。ニコラスさんは、あの騎士団長ですら倒せなかった魔獣をいとも簡単に倒してしまったではありませんか。前のギルドでどのようなひどい扱いを受けていたのかは知らないですが」


 目と目が合う。

 マリー皇女は、僕の目をしっかりと見据えて、


「第三皇女として、あなたは、私の専属護衛にふさわしいと考えます」


 そう言い放った。


「本来ならば、このような話は急に決められるものではありません。しかし、騎士団長として、私もマリー皇女の意見に賛成させていただきます」


 戻ってきた騎士団長も肯定する。


「それに、ニコラス殿、だったか。君なら、マリー皇女を任せられる。なにせ君はマリー皇女の――」


「わーっ、それは誰にも言わないで、って言ったでしょセイバー!」


「して、何が問題なのでしょうか。むしろこの場で伝えたほうが――」


「わーっ、わーっ!」


 顔を真っ赤にして手をぶんぶんと振るマリー皇女。


「ななな、なんでもないのですよニコラスさん、ええ、本当に、何でもないですからね! ね!」


 必死に何かを誤魔化しながら、騎士団長に泣きつくマリー皇女。


 騎士団長が何かマズい事でも口走ったのだろうか。


 確かに皇女様ともなれば、機密事項の一つや二つもあるか。


 あまり気にしないようにしよう。


「と、ともかく、引き受けていただけますでしょうか」


 おほん、と咳払いしながら、すました顔を精一杯作ったマリー皇女が尋ねる。


 確かに、マリー皇女の専属護衛なんて、願ってもない話だ。


 でも。僕のスキルは……。


「非常にありがたく、もったいないお言葉なのですが、私のスキルは《チート・シングル》、パーティーを組んでいない時に限り、攻撃力がわずかに上がるスキルです。言わばボッチ専用で……。なので、マリー皇女殿下のお役に立てるかどうか」


「問題ありません。私は、ただ強いスキルを持つ人に頼んたのではなく、強いスキルを持った『あなた』にお願いしたのです」


 真っすぐに目を見つめられる。

 そのまなざしに、少しドキッとしてしまう。


「それに、スキル元より、少数精鋭の方が都合がいいのです。色々と」


 マリー皇女の顔が少し曇った気がした。


「ニコラス殿。マリー皇女がここまで仰せだ。それ以上いうと、男が廃るぞ」


 そこまで言ってくれるなら。


 今の僕を受け入れてくれる人がいるなら。


 僕は、そのために剣を振るおう。


「分かりました、謹んでお受けいたします。改めて、ニコラス・クリストファーと申します。この身に代えてもマリー皇女殿下のことを――」


「ありがとうございます! では早速ですが、その『皇女殿下』って呼び方はやめていただけます?」


「え?」


 突然のことにびっくりしてしまう。


「もーう、セイバーもニコラスさんも、みんな堅苦しいのです。もう少しフレンドリーにできないのかしら……」


「マリー皇女はご自身が皇女として崇められるのを、少し窮屈に感じていらっしゃるのです。私もかつて『皇女殿下』とお呼びしていたら、『殿下だけはやめて』と強く言われてしまいました」


 騎士団長が肩をすくめる。


「私は立場上、『皇女』とお呼びしなければならないのですが、ニコラス殿ならば、その必要もないでしょう」


「そうよ、せっかくこれから仲良くしていくのに、それじゃもったいないですわ! 私のことは気軽に『マリー』とお呼びくださいな。私も『ニコラス』と呼ばせていただきたいですし」


 い、いきなり呼び捨て……!?


 気持ちは分からなくもないが、それにしても、この国の皇女様を、いきなり呼び捨て……!?


「ということで、これからよろしくね、ニコラス!」


「え、あ、はい、こちらこそよろしくお願いします、マリー皇女殿――」


「ニ・コ・ラ・ス?」


 いたずらっ子のような目で見つめるマリー皇女。


「……マリー皇女、でもダメですか?」


「ダメです!」


 程よく大きな胸を張って主張する彼女。


 ……これは何を言っても無駄そうだ。


「……よろしくお願いします、マ、マリー」


「うん、よろしい」


 マリー皇女――もとい、マリーにこんな一面があったなんて。


 表向きは皇女としての伝統を守るマリーの、意外な一面を知れて思わず頬が弛んでしまう。


――――――


 《チート・シングル》のスキル使用回数が百万回に到達しました。

 レベル上限を解放し、十から一千万まで上げます。

 上限解放後のスキルレベルは百万です。


――――――


 突如、ピコンという音と共にシステム音が聞こえた。


 聞き間違えか?


 レベル、百万、だと!?

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