第5話 魔導具士のおとぎ話
姫様は、僕に魔導具を作ることができることを、姫様以外に言ってはならないと言った。
「姫様、あの、どうしてですか?」
姫様が言うからそれが正しいのだろうと思いながらも、何故だか知りたくて聞いてしまった。
「アスカさんは、魔道具士のおとぎ話を知っていますか?」
魔道具士のおとぎ話? 初耳である。
「すみません、一度も耳にしたことがありません」
「そうだと思いました。でなければ、人に魔道具を贈るなんてことはするわけがないですから……」
人に魔道具を贈るなんてするはずがない。
姫様から発せられた言葉で僕は事の重大さについて思い知った。
しかし、理由が知りたい。なぜ、魔道具を贈ってはならないのか。
「どうして魔道具を贈ってはならないのですか?」
「今からお話しするのは、昔話です。しかさ、世界のほとんどが知っていると思われるお話しです」
話の内容はこうだった。
昔、国ができるよりも昔、1人の魔道具士がいた。
その魔道具士は、魔道具を作り売り捌き、巨額の富を築いた。
欲深かき魔道具士は、富だけでは満足できず権力を手にしようとした。
金の力で沢山の人を統治し、逆らうものは全員殺した。
世界は恐怖により支配されていった。
そんな魔道具士の横暴を止めるため、現国王の始祖であるアレンダー・ジャパネーゼはその仲間と立ち上がり、魔道具士を撃退した。
そして、世界に安寧が訪れた。
つまるところ、魔道具士は悪事を働きやすく、悪者であると言うのが、世界共通認識であった。
「だからアスカさん、あなたに魔道具士の才があることが分かってしまったならば、世界は貴方の敵になってしまいます。だから決して外ではこの力を使わないでください」
姫様は、僕の手を握り、上目遣いになりながら頼み込んだ。
こんなおとぎ話があるなんて、僕は知らなかったし、魔道具士が嫌われてるなんてことも知らなかった。
せっかく特別な力だと思っていたのに、非常にガッカリであった。
そんな僕の表情を見て、姫様は慌てて話し始めた。
「ですが、このピンクのバラ、本当にありがとうございます。とても嬉しいです。しかも、こんなに綺麗に輝き、いい匂いまでする。私のためにこんなにしてくれて、私は幸せものです」
姫様はとびっきりの笑顔を僕に向けた。
そんな姫様の姿にある疑念を感じた。
「姫様は魔道具士が嫌いなのではないのですか?」
世界共通認識で魔道具士は嫌わられているのである。もちろん、姫様だって例外ではないはず。
「私は、前までなら魔道具士だと聞けば、恐れたことでしょう。しかし、アスカさんはとっても良い人なのは私がよく知っています。ですから、貴方が魔道具士だと言われても恐れる理由が見当たりません」
姫様は優しく微笑む。
その表情に胸の内側が熱くなる。
3日後、姫様の体調は回復し、これまで通り精力的にやらねばならないことをこなしていった。
姫様と僕の関係も魔道具事件の日からどんどん進んでおり、姫様は時折、僕に魔道具の作製を頼むようになっていた。
姫様の誕生日には、複数の香りが出るアロマの魔道具を頼まれて、またある時にはプラネタリウムの魔道具を頼まれ、そして一緒に鑑賞した。
2人の親密さはどんどん増していき、お互い意識し合い、恋心が芽生えるのも当然のことであった。
ある日、姫様はペン型の連絡用魔導具が欲しいと頼みごとをしてきた。
姫様が持っているスマートフォンでは、王族警護隊により監視されており、私事のやりとりには向かないため、僕とやりとりをするための魔導具が欲しいからとのことであった。
僕は、要望通りに、ペン型の連絡用魔導具を作製した。そして、夜中就寝前や、姫様が公務でお出かけなされているときに、密かに連絡を取り合った。
このスリル感がさらに2人の恋を燃え上がらせた。
しかし、どちらからも一度も告白はしなかった。
お互いの立場は各々が十分に理解していた。
そんなモヤモヤする状態のまま約半年が過ぎ去った。
「アスカ!今日の約束は覚えてる!?」
「エリナ姫、もちろん覚えてますよ、今日は一年で最も夕日が綺麗に見えるイルベスタの日ですよね」
「そうよ。だから今日、学校が終わったらサニーの丘に行きましょ。あそこなら夕日が綺麗に見えるはずよ。それに人も寄り付かないでしょうし」
サニーの丘、それは王室管轄の植物園にある丘であった。すでに姫様が根回しをして、姫様以外入れないように予約していた。
「しかし、エリナ様、今日は、授業参観日ですからエリナ様のお父様、シルベウス様もいらっしゃいますよ」
「大丈夫よ。お父様は忙しいから、すぐに帰宅されるわよ」
姫様のいつもの希望的観測が飛び出した。
やれやれと思いながらも今日の約束のために全力を尽くすことにする。
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