第4話 魔導具士の才
王宮別宅に移ってから1ヶ月。
姫の懸命な説得の甲斐あって、僕も一緒に住んでいて、最早行くアテのない僕にとっては嬉しい限りである。
さらに嬉しいことに学校にも通っている
王立初等部、レイト兄も通っている学校だけれども、嫌がらせなどはもうしてこない。
あと、姫様の取り計らいにより、これまで学校に通っていなかった分の遅れを取り戻すための特別授業も開いてもらっている。
怒涛の1ヶ月を終え、生活が落ち着いてきたある日、事件は起こった。
姫様が風邪で寝込んだのである。
姫様は毎日多忙な日々を過ごしておられた。
朝は、政治学や帝王学、初等部では国語算数理科などの一般科目、家に帰ってからはお稽古事と、これらを毎日精力的にこなす。
王宮に住まわれていた時から同じような生活だったらしいが、この1ヶ月は姫様にとっても騒乱な1ヶ月であり、それはもう10歳の体にはきついものだろう。
「姫様入ります」
——ガチャ
「あら、アスカさんどうしましたか?」
姫様は上体を起こそうとする。
「姫様、寝ていてください。あの、具合はどうですか?」
慌てて、姫様に寝ているように告げてから姫様の具合を心配する。
午前よりは顔色が良さそうだ。
「私もまだまだ軟弱者ですね。この国の未来を背負って立たなければならないかもしれないのに‥‥‥。不甲斐ない姫です」
「そんなことありませんよ! 姫様は、十分頑張っております! あ、すみません大きな声を出してしまって」
姫様が自分を不当に卑下したため、思わず大きな声で否定してしまった。
「ありがとうアスカさん。あなたは本当に心優しいですね。私の目は魔導眼ですので、嘘をごまかせませんが、あなたは本心から私を心配してくださっている。とても嬉しいです」
「僕の方こそお力になれず、申し訳ありません‥‥‥。あの、姫様のお力になりたいので、何か欲しいものなどありませんか?」
「アスカさん、大丈夫ですよ。その心遣いだけ受け取っておきます」
「いや、お願いします。何かさせてください!」
力強く姫様に迫る。
病人に対してかなり無理強いだと思ったが、僕は使命感に駆られて周りが見えていなかった。
そんな僕を姫様は優しく受け止めた。
「それでは、お言葉に甘えて、ピンクのバラが一輪欲しいです。
王宮にいた頃、お母様が私のためにピンクのバラを植えてくださった、思い出の花ですの」
姫様は窓から外を眺め、郷愁にかられながらピンクのバラの思い出していた。
僕は、すぐにピンクのバラを買いに出かける。
しかし、今日はこの街、横浜領の領主であり、先のシルベニスタ大戦の英雄ユーリ・シルベニスタの嫡男の結婚式。
街中の花が売り切れであった。
ちなみに、姫様も結婚式に参加予定であったが、風邪のため欠席することになっている。
姫様のためにピンクのバラを渡したかったが、その願望はことごとく打ち砕かれる。
街中をとぼとぼ歩きながら、何かいい案がないかと考えていると、妙案を思いついた。
しかし、僕は戸惑った。なぜならそれは、亡き母との約束を破ってしまうことだったからだ。
その内容とは、ピンクのバラの魔導具を作ることであった。
物心ついた時から、様々な道具を工作するのが好きだった。
そして、偶然にも工作した道具に魔導が込められていることがわかり、魔導具を作成する才があることがわかった。
しかし、亡き母は、僕が魔導具を作ることを一切許さなかった。
未だにその理由は分からないが、僕に今できることはピンクのバラの魔導具を作ることしかない。
姫様のお役に立つのならば、お母さんだって許してくれるだろう。
そう自己解釈して、準備に取り掛かることにした。
普通、魔導具を作る時には高価な魔導石など、魔導エネルギーに耐えうる素材が必要であった。
しかし、それは軍事用の魔導具を作成する時の話である。
この世界では、魔導と科学が共存している。
だが、魔導より科学の方が便利なことが多いため、日常生活では科学が重宝されている。さらには、魔導を扱えるものはこの王国には数百人しかいないというのも、科学が重宝される理由の一つである。
一方、戦争時などは、魔導による大規模攻撃が有効であるため、科学とともに魔導も重宝されている。
したがって、魔導は戦争の時にしか使われないものになっていた。
こういった理由で、現在、日常雑貨用の魔導具を作成する者はいなかった。
そのため、姫様に贈呈するバラの魔導具は自分で作る必要があった。
日常雑貨程度なら、安物の魔導石でも十分作成可能で、値段も安く、購入可能であるのが幸いだった。
材料を購入し終えたのち、早速ピンクのバラの魔導具の作成に取り掛かる。
まず、クズ木として捨てられていた魔導木を、バラの大きさに切り出し、魔導石に蓄えられている魔導を魔導木に移植していく。
そして、ピンクのバラをイメージする。
たったこれだけである。
たったこれだけで、目の前にピンクのバラが限界した。
すぐさま、出来上がったピンクのバラを姫様に届ける。
「まあ、美しいピンクのバラ、まるで王宮に植えてあったバラそのものです。アスカさん本当にありがとうございます。これでまだまだ頑張れそうです」
姫様は目に涙を浮かべていた。
そして、バラを両手で持ち、目をつぶりながら思い出の日々を思い返した。
その時、バラに変化が起こった。
なんとバラの花びらが輝きだし、芳醇な香りも漂わせだしたのである。
姫様は、目を開けると目の前の出来事に戸惑った。
この一連のことは、すべて僕が仕組んだ。
魔導を使える者が、バラを持った時、その者の微弱な魔導にバラが反応する。
すると、花弁が輝き、香りも発するように工夫を凝らしておいたのである。
姫様は、王家の人間。王家の魔導は遺伝することから、姫様も魔導の心えがあると思い、姫様をもっと喜ばせたいがために、仕組んだ努力であった。
しかし、バラの変化を見た姫様は、笑顔ではなく困惑していた。
そして、ゆっくり僕の方を見ると、告げた。
「アスカさん、あなたはもしかして魔導具士なのですか?そうならば、この力は私以外の人前では決して使ってはなりませんよ」
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