第3話 奴隷からの解放
「お前姫様に色目使うなよ!」
バシバシと、お母様の言いつけでレイト兄に腹辺りを殴られる。
この仕打ちはさっき台所で姫様と話してしまったことが原因だ。
「レイト!そろそろ登校する時間よ」
お母様に呼ばれると、レイト兄は僕を殴ることをやめて、お母様のところへ向かった。
僕は殴られた箇所が痛いため、その場にしゃがみ込む。
陰から様子を見ていた侍女が水や痛み止めを持ってきてくれる。
この優しさが、この家で暮らす唯一の幸せだった。
「「いってきます!」」と姫様とレイト兄の楽しそうな声が聞こえる。
2人は学校に行くのだ。
行儀見習いに来たとはいえ教育は大切だ。
だから、姫様は昼は学校、夜は行儀見習いとして様々なマナーを学ぶことになっていた。
玄関のドアが開く音が聞こえる。
憧れの学校。僕も行きたいな。
叶わぬ願いに悲しくなりながら、、床を見る。
そんな絶望に塞ぎ込んでいる時、微かな希望の光が差し込んだ。
「あれ、レイトさん少し待ってくださいますか?アスカさんがまだ来ていません」
姫様は僕がいないことを不審がった。
「姫様、アスカは本日は体調が優れないようですので。
ですから、気になさらずいってらっしゃいませ」
「そうですか、先ほどまで食事の支度をしていましたが、体調が悪い中用意させてしまっていたのですね。
お詫びに出かける前に謝ってから学校に行きます。」
「——!」
姫様を見送ろうとしていたお父様とお母様は息を飲み気まずそうにしている。
「いえいえ、ユリナ様に移してしまっては大変です。
お気持ちはお伝えしておきますので、どうぞ学校に向かわれてください」
急いでお父様が取り繕った。
「そうであるならば、宜しいのですが……」
姫様は、2人の挙動不審な態度を訝しそうに見る。
しかし、2人に気圧され、しぶしぶレイト兄と玄関を出ていった。
屋敷の外には姫様の護衛の人が数人いて、姫様と一緒に学校の方角に向かうのが窓から見えた。
姫様を窓越しに静かに見送ってから、僕は立ち上がる。
いつまでも座っていたならば、またお父様やお母様に酷いことをされるかもしれない。
朝食に使った食器を洗おうとした時、台所のドアが開き。お父様とお母様が、駆け寄ってきた。
——殴られる!
と思って目を閉じたが、一向に殴られない。
そればかしか、手を強引に引かれ、寝間着に着替えさせられ、ベッドに寝かせられた。
「アスカ、あなたは今風邪を引いているのです、いいですね。だから部屋から出てきてはなりませんよ」
お母様が鬼の形相で指図してくる。
「それと学校にも根回ししておかないとな。電話しておかないと」
お父様は、ユリナ様が学校でアスカのことを聞いても長期休養中であることにしてくれと、根回しした。
これで万全だと、お父様とお母様は各々の予定をこなし始めた。
「はあ」
と、僕はゆっくり溜息をつく。
———
夕刻
玄関のドアが勢いよく開いたかと思うと、勢いよく階段を登り僕の部屋まで駆けてくる足音が聞こえてきた。
「お待ちください、ユリナ様お待ちを」
その後ろから、お父様とお母様の必死な声が聞こえる。
——バン
っと勢いよくドアが開け放たれる。
お姫様は目に涙を浮かべながら立っていた。
そしてゆっくり近づき、ベッドの横に膝立ちになった。
「ごめんなさい、早くに気づいてあげられなくて‥‥‥」
姫様は僕の手を握りながら泣いている。
「姫様、アスカは危険ですので離れてください」
お父様とお母様とレイト兄が部屋の入り口からユリナ姫に話しかける。
ユリナ姫はゆっくりと立ち上がり、凛とした顔でお父様達と対峙した。
「まだそんな戯言を言うのですね。一時でもあなた方の言葉を信じた自分が馬鹿でした。もっと、自分の直感を信じれば良かった‥‥‥魔導眼を使えばよかった。貴方達!これはどういうことですか?」
仁王立ちで眉間にシワを寄せた姫様が声を荒げて問うた。
「これはと、おっしゃいますと‥‥‥」
お父様やお母様の目が泳いでいる。
まさか、アスカを学校に行かせていなかったことがバレたのではないかと、冷や汗を流していた。
「我ら王国は、子どもにはきちんとした教育を受けさせる義務が大人に課されています。しかし、ここにいるアスカさんは、学校にも行かせてもらえず、毎日毎日奴隷のような日々を送っています。
こんな事は、天地がひっくり返っても起こってはならない事です」
「姫様何をご冗談を、アスカはずっと体調が悪く家にいるので‥‥‥」
「黙りなさい、真実は全て明かされているのですよ!」
姫様はまっすぐお父様達を見据える。
———
つい先刻、学校でのこと。
「あの、アスカ・アロガンスさんはいつから休んでらっしゃるのですか?」
姫様の姿は職員室の前にあった。
「姫様、アスカ君は病弱で自宅療養が必要なため、半年以上学校に来ていません」
姫様は、アスカのことが気になり、本当に学校に通っているのか1人で聞いてまわっていた。
しかし、大人達に聞いても皆、自宅療養中だとか半年以上学校に来ていないだとかしか言わない。
しかし、姫様の目を誤魔化すことができなかった。
姫様には魔導眼と言う先天的に人の嘘を見破れる力が備わっていた。
つまり、基本的に姫様に嘘は通じないのであった。
姫様は大人達に聞くことを諦め、同じクラスの子ども達にアスカのことを聴き始める。
すると、不思議なことに子ども達は誰もアスカのことを知らなかった。
大人の口は封じることができても、子どもの口に戸は立てられなかった。
そして、姫様の疑念は確信に変わっていく。
最後に、姫様は、姫様の付き人として学校に滞在していたアロガンス家の侍女に問うた。
「ニャジさん、本当のことを教えてくれませんか?アスカさんは本当に学校に通っているのですか?」
「え‥‥‥それは」
ニャジは言葉に詰まる。
毎日毎日、酷い仕打ちを受けながらも笑顔を絶やさず、懸命に行き続けているアスカの顔が脳裏に浮かぶ。
ただ、妾の子だと言うだけで、殴られ、蔑まれ、奴隷のように扱われる。
見るに耐えず、何度も救いの手を差し伸べようかと思った。
しかし、アスカを救いアロガンス家に逆らえば、今度は私が屋敷から追い出され、アロガンス家の力でこの街では職を見つけることができなくなる。
そうなると、子ども達や寝たきりのおばあさんを養うことができなくなってしまう。
だから、見て見ぬ振りをしてきた。罪悪感に苛まれながらも。
しかし、ニャジの心はもう限界を迎えていた。
そして、姫様ならば、彼を救えるかもしれない、そうニャジは思った。
ニャジは真実を告げた。
アスカがどのような扱いをこれまで受けてきたかを。
———
アスカの部屋で姫様はお父様達と対峙する。
全てを知った姫様は毅然とした態度で、父君から送られてきた書簡を出した。
「ここに父君の書簡があります。すでに、この所業は報告させていただいております。違法行為をする家に行儀見習いをさせるわけにはいかないと言うことのほかに、ここには2つの指示が書かれています。アスカさんにきちんとした教育を受けさせること、そして、侍女のニャジに不当な扱いをしないことです。いかがしますか?」
お父様とお母様は膝から崩れ落ち、冷や汗をかきながら絶望した顔をしている。
そして、レイト兄は悔しそうな顔をしながらこちらを見ている。
「いいですか?分かりましたか?」
姫様は、まくし立てる。そして、
「はい、分かりました。これまでの違法行為を謝罪します‥‥‥」
お父様が姫様に向かって土下座した。
それに続いて、お母様も土下座し、レイト兄もお父様に無理やり土下座させられていた。
それを見ると姫様は後ろを振り向き、「どうしますか?アスカさん」と聞いてきた。
僕は少し戸惑った後、答えた。
「謝ってもらえたならいいです。僕は、無闇に争いたくありません」
「あなたは優しいですね。その優しさは、いつか必ずあなたを救いますよ。明日から一緒に学校に行きましょう」
そう言ってから姫様は、「アスカさんの寛大さに感謝するように、アスカさんに免じて今回のことは不問としますが、今後も注視していますので」と言い放ち、アスカを王家が所有する別宅に連れていくために外に出た。
この日僕は自由の翼を手に入れた。
こんなに自由を感じながら外に出たのは初めての経験だった。
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