第2話 お姫様
アロガンス家はここ最近で一番の忙しさを迎えている。
いつもは家のことは何もしない、レイト兄やお母様までも家の掃除や料理の味付けのチェックをしてああだこうだ言っている。
そう、今日からこの国の王子のご息女、お姫様が行儀見習いとしてやってくるのだ。
アロガンス家は王国が出来た時から続いている家系で、王国内では由緒正しき家柄だと認識されている。
だから、お姫様の行儀見習い先にも選ばれたのだ。
お姫様到着時刻の30分前に終わる準備。
お母様は、「このドレスでよかったかしら」などと自分の身なりを気にしている。
一方、レイト兄は自分をカッコよく見せるために、帯剣する剣を選んでいる。
なんせ、お姫様は10歳くらいで、同じ年頃。
ここで唾をつけておけば、ゆくゆくは王家の親類になれるかもしれない、と言ったお父様からの入れ知恵のせいで張りきっていた。
玄関先に並んでお姫様を待つ。
最前列がお父様とレイト兄、その後ろにお母様、そして最後列に僕と侍女達が並んだ。
「アスカさん、お前は姫様と話すんじゃないわよ、姫様を汚れさせるわけにはいきませんからね」
お母様は、わざわざ後ろを振り向いてまで僕にそう告げてきた。
「承知致しております。お母様」
そう言うと、「わかっているなら良いのよ」と言い、お母様は再び前を向いた。
屋敷の前に広がる大通りの向こう側から、豪華な馬車が見えてきた。
そして、周りには護衛の者達も見える。
姫の乗った馬車は、アロガンス家の門の前で停車した。
5人の従者達が慌ただしく、姫が下車するための用意をする。
——こんな豪華な馬車で、多くの従者を連れてるお姫様なんて高飛車なんだろうな。
僕は勝手にそう偏見の眼差しで見ていた。
しかし、それは偏見に過ぎなかったことがすぐにわかった。
馬車のドアが開くと、長髪の銀髪で幼いながら凛とした表情の少女が降りてきて、僕の家族の前に立つと、右足を後ろに下げながら一礼した。
「お初にお目にかかります。私、ユリウス・ジャパネーゼが嫡女、エリナ・ジャパネーゼでございます。この度は私に行儀見習いの機会をいただきまして誠にありがとうございます」
お姫様なのにも関わらず、エリナ姫は頭を垂れ、腰が低い挨拶をする。
——良い人っぽそうだ
と、これだけでも、僕の中でのエリナ姫の印象は大分良い方に変わった。
「ささ、エリナ姫こちらにお越しください。レイト、姫様をエスコートして差し上げなさい」
お母様がレイト兄にそういうと、レイト兄は跪いてお姫様の手をとり、手の甲にキスをしてからエスコートし始める。
その後は、アロガンス家の周りの有力な豪商なども集まり、晩餐会が執り行われ、お姫様の到着が盛大に祝われた。
お母様やお父様はしきりにレイト兄とお姫様との接点を増やそうと尽力していたが、僕はそれを遠巻きに侍女達と見ながら、「貴族っていうのも大変ですね」と話していた。
そして、お姫様が来た日には一度もお姫様と話すことなく、過ぎ去った。
次の日‥‥‥
朝5時から朝食の支度のため台所に立っていると後ろから声をかけられた。
「君は、その、ここの仕様人なのかしら?」
後ろを振り返るとなんとも可愛らしい寝間着を着た笑顔の姫様が扉の前に立っていた。
昨日、姫様と話してはならないと言うお母様の忠告を思い出す。
僕は一度無視することにする。
この国のお姫様を無視することで受ける仕打ちより、お母様の忠告を無視して受ける仕打ちの方が怖かったのである。
「あれ、聞こえなかったのかしら。そこの君!なーにーしーてーるーの!?」
さっきより大きな声で話しかけてくる。
お姫様ってもっと清楚でお淑やかなイメージだったけど、あんなに声が出るんだなと感心しながら無視し続けた。
「ねえちょっと無視しないでよ」
痺れを切らした姫様は、僕の肩を掴んで揺する。
流石にこれ以上、無視することはできないと観念して、会話に応じた。
「姫様、あの、おはようございます。その、今は朝食の準備をしております」
「朝食の準備をしてるのは見ればわかるけど、質問の答えになってないわ、君はここの仕様人なのって聞いたのよ」
言葉に詰まる、一応僕はアロンガス家の次男となっているが、妾の子だからと言って公にはされていなかった。
「その、僕は妾の子ですので、その一応この家の次男ですけど、住まわしていただいているのでご奉公しているしだいです」
「妾の子?あ、愛人の子ってわけね、だけどアロガンス公爵の息子であることには変わりないわね。君とは昨日話せなかったから今日こそは話したいなと思ってたのよ」
姫様は屈託のない笑顔で僕の手を取りながら嬉しそうにしている。
こんな光栄なことはあるだろうかと思ったが、こんなところ母上様に見つかったら一溜まりもない。
さっさと会話を切り上げることを試みた。
「あの姫様、朝食の支度がありますので、お話は後ほどでよろしいですか?」
「ごめんなさいお邪魔をしてしまって。そうね、お詫びに手伝いますわ。
それにしても君は、この家の人の朝食の支度を1人でするなんてすごいわね。
私にはできないわ」
「いえいえ、姫様、滅相もありませんが、姫様のお手を煩わせるわけにはいきませんので‥‥‥」
目下の問題は、姫様と会話をしているところをお母様に見られることであるから、姫様を台所から追い出したいが、姫様は僕の焦りなんかちっとも感じ取れていないようである。
「姫様、こんなところにいらっしゃいましたか?」
背筋が凍る。
お母様が現れたのである。
しかも完全に姫様と話しているところを見られてしまった。
僕は絶望に伏した。
「ナージェ夫人おはようございます。
美味しそうな匂いにつられて来てしまいました」
「さようでしたか、そういえばまだ、次男を紹介していませんでしたね。
こちらはアスカと申します。
人見知りが激しく、気性も荒いので姫様を傷つけてしまいかねません。
心配ですので、今後は関わらないでいただけますとこちらも安心します」
お母様は僕を睨みながら、姫様にそう告げた。
「アスカさんって言うんすね、彼は人見知りではありませんでしたよ。話した限り穏やかな人でしたよ」
姫様は、自分の思ったことをそのままお母様に告げた。
すると、お母様はバツが悪そうにしながら「ささ、客間に行きましょう」と姫様を連れ出した。
「アスカさん、早く支度をしてくださいよ」
と一言、僕に告げていった。
その顔は、鬼の形相をしていた。
あー神よ、僕はこれから死ぬのだろう。
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