第15話 食料

 


 鈴木公平改めヘイス・コーズキーは現在ダンジョン探索中である。


 最下層であるコアルームを仮に1Fとすると、今いるのは3Fの通称お宝部屋である。

 深層であるはずのこの部屋のお宝が古びたローブ改めコート一枚きりだったことに憤慨しながらメインのフロアの扉を開けるとそこは雪国であった。


 自身が異世界に転移してしまってここがダンジョンであることを認識していなければ気が狂ったか夢でも見ているのではないかと自分を疑ったことであろう。

 だが、一瞬にもかかわらず、顔に吹き付けたのは紛れもなく極寒の風である。

 幻覚だったほうがよほどマシだという気持ちになるのも無理はなかった。


「チキショウめ! ダンジョンだからこんな階層もあるよね、って納得している自分が憎らしい! ……現実逃避しても腹が減るだけだ。ダンジョンの理不尽さは置いといて突破する方法を考えないと」


 ヘイスは今いるお宝部屋を丹念に調べまわった。

 さほど広くないのであっという間に終了する。

 結果は、空の宝箱が一つあるのみ。


 実はヘイスは転移魔法陣のようなものを探していた。ラノベではお馴染みの展開であるのだから期待したのである。


「……そう都合よくあるワケないか。あるとしたら最下層のコア部屋だもんな。神サマも何も言わなかったし、このダンジョンにはないんだろうな……あ~あ。これで物理で突破しなきゃならんのかよ。ダウンコートほしい……ん? コート!?」


 異世界に落ちてきて、いったい何度驚いたり興奮したりしたことか。今回も突然雪景色を見せられ驚愕し、直前に手に入れたアイテムのことがすっぽりと頭から抜けていたようである。


「ダウンじゃないけどコートはあるな。スーツで雪中行軍するよりマシだろう。いいタイミングだったな……ん? あれ? 本来はあの雪原をクリアしてからこのコートが手に入るんだよな? うわ~えげつねえ。前の階層に置いてやれよ……」


 それは缶詰の中に缶切が入っているようなもの。或いはドラゴンに守られたドラゴンスレイヤーの剣か。

 どうやらこのダンジョン、攻略者に甘くなかったようである。


「ま、俺には都合よかったけどな~」


 しかし、逆走しているヘイスにそのような小細工はむしろ逆効果だった。

 鼻歌でも出そうな表情でコートを着ている。


「さて、マジでのんびりしてらんない。覚悟決めるか」


 ヘイスは再び扉を開ける。

 当然極寒の風が吹き付けてきた。


「うっ、さむ……ん? あんまり寒くない? ちょ、ちょっと脱いでみるか……うわ! さむっ!」


 最初に扉を開けたときとのギャップに戸惑い、まさかやはり幻覚なのではと、コートを脱ごうとしたヘイス。

 しかし、半脱ぎになったところでいきなり寒さが激しくなる。

 慌ててコートを着直したのだった。


「なんだよ、色味は悪いけど使えるコートじゃん。防寒の魔法でもついてるんだろうな。フードかぶってるだけで顔も寒くないなんて便利すぎる。よし、これからは防寒コートと呼ぼう……ってまんまじゃねえか!」


 アイテムの思わぬ効果にうれしくなったヘイスはセルフツッコミをしながらお宝部屋から本格的に雪原フィールドに足を踏み入れる。


 視界は吹雪のためよくない。

 次の階層に続く階段の場所など見えるものではなかった。

 只の当て推量ではあるが、お宝部屋からまっすぐ、に当たりをつけて進む。


 たった数歩進んだだけで前方に小山が見えてきた。


「もう終点? それとも山越えしないとダメなのか? とりあえずそばまで行って……ん? んんんんん!?」


 ヘイスは慌てて踵を返すとお宝部屋に飛び込んだ。もちろん扉を閉めることも忘れていない。


「ドラゴンじゃねえか! そりゃ異世界だダンジョンだっていうから予想はしてたけどさ! なんでミノとか馬より前にいるの!? 山かと思ったらドラゴンでした、なんてタイトルは御免蒙る!」


 ヘイスは部屋の隅で体育座りになって己の不幸を呪っていた。

 だが、餓死と討ち死にを天秤にかける。


「……俺のチートにかかればドラゴンもスライムも同じだって神サマも言ってたよな……ポジションもラッキーだ。部屋にすぐ逃げ込めるな。フィールドの真ん中で遭遇するよりどんだけマシか。怖いのはブレスの攻撃なんだが、あるだろうな……よし、そん時は階段に飛び込もう。ドラゴンのブレス直撃より階段オチのほうがよっぽどマシだ」


 空腹で後がないヘイスは、消極的ながら覚悟を決める。

 そして三度目となる扉の開放。


 魔素吸収の射程距離がハッキリわからないのでできるだけ近づくことに。

 幸い、これまでの二匹のモンスターと同じく前方を見ているようでヘイスには気がついていない。


(吸収!)


「ギャ? ギャギャ?」


 さすがに魔素の減少には敏感だったようだ。何十メートルあるかヘイスには見当もつかなかったが、山が動いた。


(まだまだ! 吸収! 吸収!)


 ドラゴンに気付かれないうちはヘイスは逃げるつもりはない。なるべく多くの魔素を吸収するように強く念じ続ける。


「ギャオーン! ギャオーン!」


 狂ったように咆哮するドラゴン。時折吹雪が強くなるのはおそらくこのドラゴンのブレスなのであろう。


「がふっ……」


 不意にヘイスの身体が横に吹き飛ばされた。

 ドラゴンが振り回したシッポが偶然当たってしまったようだ。

 吹雪で悪視界の中、高速で振り回される巨大なムチのような攻撃に素人のヘイスが気がつくはずもなかった。


(うう……俺、死んだ……ん?)


 吹き飛ばされて雪上を転がされたヘイスは、不思議なことに死んでいないどころか意識もハッキリしていた。


「どういうことかわかんねえけど、考えるのは後だ! こうなりゃやってやる! 吸収!」


 肉体にもそれほどダメージがなかったようなヘイスは飛び起きざま魔素吸収を再開する。


 ドラゴンもシッポが当たったことでついにヘイスの存在に気がついたようだ。身体の向きを変え、ヘイスに顔を向ける。


「来るなら来い! ブレスも結局は魔素なんだろ! 全部吸収しちゃる!」


 ヘイスの言葉がドラゴンに通じたかどうかはわからないが、ドラゴンは口を大きく開け咆哮した。間違いなくブレスだ。

 そしてそれはヤケクソになったヘイスに直撃した。


「ぐわっ! ……へ、へへっ。ど、どうだ! 俺はまだ生きてるぞ! 吸収!」


 ブレスは直撃したが、被害は後ろに吹き飛ばされただけで済んだ。

 残る脅威はドラゴンの巨体で物理攻撃をされることだが、ヘイスは賭けに勝ったようだ。


「ギャ? ギャオン……」


 雪煙を上げて巨体が前のめりに倒れこむ。ヘイスのいる位置までドラゴンならあと一歩という際どいタイミングであった。


「フヘッ……こ、これで、おっ俺の勝ちだな……と、とどめを、さ、さすぞ……」


 次元の穴から落ちたときは実感する間もなかったが、今回は瀕死にこそならなかったものの、逆にだからこそというべきか、死というものを強く実感してしまった。


 そして、人型でなければ食料にすることも決めていたので、ヘイスはドラゴンのHPが1になったところで吸収をやめる。


「これは食料、これは食材、これは食用の肉……」


 アスラ神の思考の誘導をあまり実感できていないヘイスは呪文のように自己暗示をかける。


 そして特製の土の棍棒を虫の息であるドラゴンの頭に振り下ろした。


 石と石、鉄と鉄が激しくぶつかったような音が響き渡り、ドラゴンのHPは0になる。


 ヘイスはかなり手が痺れ、若干罪悪感を感じたものの、心配していた吐き気などはなかった。




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