第16話 食事
鈴木公平改めヘイス・コーズキーは初めてその手で魔物の命を絶った。
記念すべき第一号が小山のようなドラゴンだったとは、誰に自慢しても信じてくれないだろう。
それはともかく、精神状態もそれほど酷くないヘイスは早速食料候補の検分を行った。
「うわー。見れば見るほどでかい。何十メートルあるんだよ。頭だけでもミノの身長くらいあるし、よく棒が届いたな……HP1だったからどこに当たってもよかったのか? わからんが、まずは解体しないと。大きさ的に今のアイテムボックスには入らないし、結局食う分の肉は切り分けなきゃだからな」
ヘイスは手っ取り早く土の棒の一部を魔法で土状に戻し、土のナイフを再構築した。
「土が材料だけど、これはセラミックナイフだ! イメージが大事なんだ! 単分子カッターだ!」
この世界の魔法の極意は、アスラ神が言うところの原初魔法のことだが、イメージ依存らしいので自己暗示が癖になってきたヘイスである。
「うわっ! 折れた! くそ! イメージ不足か。それとも俺のステータスが低いのか……単にドラゴンの素材がすごいって話だな。すごいのはいいけど、どうしよう……」
土でできたナイフはドラゴンの表皮に突き立てたとたん甲高い音を立てて真っ二つに折れてしまった。
これ以上食料入手を先延ばしにすると飢餓メーターがマックスになってしまう。
このドラゴンの肉はどうしてもほしい。
一度コアルームに戻って神サマに相談しようか、と楽な方に考えが傾いたときに、そのアスラ神の言葉を思い出す。
「そういえば魔素を完全に吸収すると死体は崩壊するんだよな。一部分だけ吸収したらそこだけ崩壊しないかな? あー。ミノかウマタウロスで実験すりゃよかった」
一応方法は思いついたが確証はない。
確証はなくともここで試さざるを得ない。
後がないヘイスはその思い付きを実行に移す。
「ここ! 前足の肘の部分! 集中! ここだけ魔素吸収!」
ミノタウロス(仮)とウマタウロス(仮)のときはなんとなく魔物の身体全体に効果が及ぶようにイメージしていたが、今回は目的が違う。
そのイメージを強くするため指差し確認までするヘイス。
そのおかげか指を差した部分のみ崩壊が始まった。
「おお! いいぞ。このまま中まで吸収!」
ドラゴンの前足は人間の胴体よりも太かった。
ヘイスはほかの部位が崩壊しないように注意しながら切り取るべき箇所の魔素を吸収していく。
数分ほどかかって、やっと前足を切り離すことができた。
「ふう。成功だ! これで食料の目処が立ったぜ! しかし、まだでかいな……」
やり方が確立されれば、あとはうっかり全崩壊させないように注意するだけだ。
ヘイスは今のアイテムボックスの大きさ、1.8m×1.8m×1.8mに入るようにドラゴンの前足を輪切りにしていく。
ドラゴンの肉はHP0になっても魔素たっぷりのようでヘイスの特殊条件のついたアイテムボックスにも入れることができるのだ。
「よし、これ以上は入らないみたいだ。早く帰ろう」
ヘイスは前足を切り取られただけのドラゴンの死体を見ながらコアルームへの帰還を決める。
実は、こうして食料として前足の処理をしたことで、もう死体が食材だとしか感じられなくなったヘイスだが、前足だけでなく、尾の身、ロース、バラなどほかの部位の食べ比べもしてみたくなっていたのだ。
だが、空腹感に負けて機会があったらそのときでいいや、と帰還を優先した。
「コアを壊したから死体がダンジョンに吸収されることもないだろ。この階層も寒いし、天然の冷凍庫だな。次に来るまで残ってるといいけど……」
そんなことを考えながら最下層に向かう。
道中は気楽だった。
コアがないのでモンスターのリポップはないはずだ。仮にコアとは関係なくリポップする設定だとしても最下層のモンスターが数時間で復活したら笑えないな、と楽観視している。
実際、ヘイスは途中どんな魔物とも遭遇することなくボス部屋兼コアルームに到着した。
「ただいまーっ!」
とてもボス部屋に侵入する人間のセリフとは思えない。それほどヘイスはテンションが高かった。
『なんじゃ? もう戻って来おったのか?』
対してアスラ神の反応は相変わらず感情の起伏がない。
神サマだからしょうがないと慣れてしまったヘイスも気にせず話を続ける。
「初めての飯ぐらい落ち着いて食いたいんでな。それに、腹が膨れたら聞きたいこともまだまだあるし」
『そうじゃのう。そなたに与えた情報は確かに極一部分じゃ。うむ、学ぼうとするその意気やよし。我がどんな質問にも答えてやろう』
「頼りにしてるよ。でもまあ食ってからな」
話を中断し、ヘイスは食事の準備に取り掛かる。
まずは、コアルームに乱立している土魔法の修行で作ったポールを分解、再構築して調理器具を作り出す。
土鍋、土の碗、土のまな板、土の包丁、土のお玉、土の箸、土の……
とにかく思いつくものを並べていった。
土のかまどを作り、鍋に魔法の水を入れ、薪や炭、ガスもないので魔法の火を使う。神サマ曰く発動は自分の魔力だが現象の維持は周囲の魔素をどれだけ利用できるかがポイント、らしいので、魔素を取り込むイメージをしっかりと持つ。
お湯が沸くまでの間、ヘイスはドラゴンの肉を小さく切り分けながらアスラ神に魔法の指導を頼んだ。
魔法といっても、魔素吸収の加減についてである。
アイテムボックスに入れられるほどの魔素に汚染されている肉は食べられない。だが、抜きすぎると崩壊してしまう。その塩梅を手っ取り早く神サマに聞こうというわけだ。
失敗が続けばせっかくのドラゴン肉がすべて崩壊、或いはまだ魔素の残りすぎた肉を食って中毒、などといった恐れもあるからだ。
「ああ、消えた……次は……こんなもんでどうだ?」
『まだ浄化が足りぬ。それではいくらそなたが調整済みでも腹を壊すぞ』
「むずいな……吸収の強さと時間が関係してるんだろ? ……これは?」
『ふむ……まあ、大丈夫じゃろう。その感覚を忘れるでないぞ』
「感覚頼りって、一番むずいな。職人かよ。こんな感じか?」
『まだじゃの。続けることじゃ』
「は~。いつになったら食えるんだか……」
ヘイスは一口大に切り分けたドラゴンの肉片で魔素吸収による浄化を試していく。
時に崩壊し、時にアスラ神からダメ出しを食らう。
それが数十分も続き、すでに鍋の水も蒸発してしまい空腹感も強まってきたころ、やっとアスラ神の合格がもらえるようになった。
鍋には沸かし直したお湯と、合格をもらった肉片たちがダンスを踊っている。
ヘイスは、調味料も何もないため、せめてもの工夫をとせっせとお手製のお玉で灰汁を取っている。
早く食べたいヘイスは、地球には存在しない食材でもあることだし、食べころのタイミングも教えてもらった。
『もうよかろう。浄化した後ならさほど気を使う必要はない。好きに食べるがよい』
「やった! いただきます! あつっ! うまっ!」
自分の手に掛けた、その手で殺した生物の肉を食う。
自然の摂理に従えば当たり前のこと。
だが、ヘイスは日本人、鈴木公平でもある。そんな経験はなかった。
ヘイスは心であのドラゴンに感謝を捧げ、空腹を満たすため味も何もない肉の水煮を頬張る。
涙が出るほどうまかった。
ここで心は読めるが空気は読めない神サマからプチ情報があった。
『食べながらでよいが、一つ裏技を教えてやろう。食材がちょうどよく浄化されているかどうかはそなたのアイテムボックスに入れてみればわかる。入れば魔素が多すぎ、入らなければ浄化済みというわけじゃな』
「ブフォッ……なんだよそれ? そういうことは早く言ってくれよ」
『レベルが上がれば何でも入るようになるぞ? 切り替えにも慣れが必要じゃし、結局練習が必要なのじゃ』
「くそ。正論ブチかましやがって! こうなりゃ焼け食いだ!」
ヘイスはその後本当に動けなくなるまで食い続けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます