第12話 初めての魔物
「俺、やっぱ戦うのムリ!」
鈴木公平改めヘイス・コーズキーは珍しく切実に訴えた。
これにはさすがのアスラ神も困惑する。
『いまさらじゃな。納得しておったのではないのか? 我が権能を使えば魔物なぞ取るに足りぬと説明したではないか』
「聞いたよ。理解もしたさ。でもあれってやっぱ卑怯じゃん。選択肢がないんだから、ハイって言うしかないじゃん。精神状態だってまともじゃなかったし、でも、改めて考えたら、俺、動物なんて殺したことないし、血を見るのも怖いし……」
『ふむ……内なる声に耳を傾けてみよ』
「そんな詐欺師か占い師みたいなこといわれても……内なる声? 要はあれだろ? 俺が生き物を殺すのが怖い理由を考えろってことだろ? 怖いモンは怖いんだから仕方ないだろ?」
『自ら考えて納得するのが大事なのじゃ。よいから考えぬか』
「へいへい。ほんと詐欺師の手口だよな。それとも新興宗教か啓発セミナーか。あ、コイツ神サマだったっけ……」
ヘイスはボヤきながらも言われたとおり深く内省しようとする。
(生き物を殺すのは怖い。何でだ? 植物も生物だ。これは怖くない。当たり前だ。
虫は? 蚊は殺した。躊躇なく、徹底的に。そこに慈悲も後悔もない。Gは見つけたら殺す。素手は気持ち悪いからいやだけど、やっぱり可哀想だとも思わない。害虫なら無慈悲に殺せるな。益虫は? 殺そうと思えばたぶん殺せる。虫ならいいのか?
じゃあ、害獣は? ネズミ……殺せるか? どうやって? 毒餌なら仕掛けるだけならできる。死んだあと処理に困りそう。猫、犬は? ムリ。保健所で殺処分するっていうけど、俺は職員にはなれそうもないな。
血を見たり死体を見るのが怖いのか。
いや、魚はできそう。やったことないけど、獲ったばかりの魚を〆る。最初は怖かったり可哀想だったり思うだろうけど、作業だとすぐに思えるようになりそう。ネズミとかと違って死体は食材と思えばそこまで気持ち悪くない。
じゃあ、食材になれば殺せるのか? ニワトリは? できそうな気がする。やっぱりはじめは怖いけど、おいしくいただこうって気持ちはある。
じゃあ、豚や牛は? ムリ。専門の業者さん尊敬する。
ということは、哺乳類がムリなのか? ヘビやカエルも気持ち悪いけど絶対に殺せないってことはなさそう。
でもネズミだってドブネズミとかなら殺せそう。ハムスターはムリ。害獣なら、猟師みたいに銃でいけそうか?
う~わからん!)
『どうじゃ? 結論は出たかの?』
やはり心を読んでいるのか、ヘイスの考察が煮詰まったところで声がかかった。
「結論っていっても、怖いモンは怖い。特に血は見たくない。それに、食べるためでもなく命を奪うっていうのが、罪悪感? そんな気がして……」
『ふむ。人格は環境によって形成されるというが、そなたの記憶によると、どうもそなたの世界は臭い物に蓋をする傾向があるようじゃのう』
「あ、それネットでもよく議論されてるヤツ。政府の陰謀だとか何とか。パンとサーカスだっけ? 国民から思考を奪って従順にさせるとかなんとか」
『この世界でも同じじゃ。奴らのシステムも一見便利そうじゃが、それに慣れきっては人間に未来はない』
「うわー。何でラノベの異世界は何千年も中世のままなのか不思議だったけど、それが答えか」
『一概には言えぬが、原因の一つではあるな。
さて、それよりもそなたの問題じゃ。生き物を殺すことに罪悪感を感じるか。悪いことではない。他人の血を見るのが三度の飯よりも好きなどという
仕事と考えれば慣れるしか方法はない。実際この世界の住人も、そなたの世界の屠殺業者も結局は長年従事しての慣れじゃ。じゃが、すでにそなたは人格が形成されているゆえ、こちらの風習に慣れるのは一苦労じゃろう。
仕方ない。またリソースが減るがほかならぬ使徒のためじゃ。そなたの思考を少し誘導してやろう。本当に今日は大盤振舞じゃ』
「ちょっとまった! 思考の誘導? 異世界言語や魔法のインストールは我慢できるが、思考って、俺が俺でなくなるのは嫌だ!」
『安心するがよい。幸か不幸か人格を変えるほどのリソースはない。ただ思考にフィルターをかけるだけじゃ。麻酔をかけるといってもよい程度じゃ』
「フィルター?」
『うむ。そなた、害獣なら殺せると考えておるじゃろ? その線引きを魔物全般まで緩めるのじゃ。食料にもなれば罪悪感も薄れよう。血に関しては本当に慣れが必要じゃが、これも忌避感を薄める程度じゃ。間違っても殺人鬼や戦闘凶になるおそれはない』
「そ、そんなこといっても……」
『我を信ぜよ。といっても無理じゃろうのう。じゃが、すでに方針は決定した。もはや問答無用。気をしっかり持つのじゃぞ』
「うわ! まってまって! またアレが来るのかよ! イターッ!!!!」
本日三度目のインストール。
ヘイスは痛みに頭を抱えるのだった。
『これで本当に打ち止めじゃ。さあ、そなたもそろそろ空腹じゃろう。魔素を回収するついでに獲物でも獲ってくるがよい。説明の続きは一度戻ってきてからじゃ』
「あー、いてー……くそ。信じるからな! 俺は俺だぞ!」
『我は神じゃぞ。信ぜよ。それよりも早く行くがよい。空腹なのはそなたであって我ではないのじゃからの』
「なんか追い出される感じ……わかったよ。確かに腹減った気がするし、行けばいいんだろ。この扉か?」
完全ではないが、この世界の常識も魔法も習得した。
であれば確かに旅立たねばならない。
この安全地帯にいつまでもいたい気持ちになるが、食料は魔法で出せないヘイスは渋々腰を上げる。
ダンジョンに似合わない、すでに乾いていた衣服を身にまとい、あからさまに怪しい巨大な扉に向かう。
「誰がデザインしたんだか……でかいな。おい、どうやって開けるんだ?」
『すでにコアはない。ロックは外れておる。引けば開くはずじゃ』
「ここ、コアルーム兼ボス部屋っていってたな。やっぱりボス部屋はロックされるんだ。次のダンジョンは気をつけよう……ふんぬ!」
それらしい取っ手を掴み、思い切って手前に引く。
扉は不安をよそにあっけなく開き始めた。
が、ヘイスはすぐさま扉を閉めてしまった。
「なんかいる! でかいのが! うし! なんか牛の頭したでっかい人間! あれって、そうだ! 有名なミノタウロスじゃん! あれ? 確かミノス島の牛だからミノタウロスだったよな。神戸だから神戸牛、但馬なら但馬牛、オーストラリアだったらOGビーフだよな。産地偽装か! それともここは地球のミノス島なのか!」
ヘイスはゲームの画面でなく、初めて魔物を見てしまったため錯乱気味のようだ。
『やかましいのう。ここはダンジョンじゃ。魔物の巣窟じゃぞ。魔物がいないほうがどうかしとるよ』
「そんな正論聞きたくねえよ! どうすんだよ! あんなでっかいのといきなり戦うのか! 普通スライムか、悪くてもゴブリンからだろ! 難易度設定おかしいよ!」
『落ち着かぬか。忘れるでない。そなたは我の使徒である。権能を使うがよい。魔素を取り上げれば魔物は打ち上げられた魚も同然じゃ。そこにドラゴンもスライムもない。これはそなたの好きなチートであろう?』
「そ、そうだった。わ、悪い。いきなりでビビッた……よし。今度は大丈夫! 影からこっそり魔素を抜いてやる!」
あまり勇ましくないセリフだが、ヘイスは魔物の姿に恐怖を感じるとともに、思考の誘導が大して影響していないことにホッとするのであった。
「魔素吸収!」
ヘイスの初めての戦いが今始まった。
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