第11話 魔法修行応用
鈴木公平改めヘイス・コーズキーは、アスラ神の指導の下原初魔法の基本的な発動を学んだ。
今も光の魔法を発動しながら血まみれの服を洗濯するという修行をしている。
魔法を二つ以上発動しながら会話を続ける『ながら運転』ならぬ『ながら発動』だが、現代日本人にとって造作もないことだ。アスラ神はいたく感心している。
「う~。血は落ちにくいな。さすがに魔法で洗剤は出てこないだろうし……超音波で汚れが落ちやすいって聞いたことがあるな……いや、落ちるけど繊維にダメージが……何かいい方法はないか……う~思いつかねえ。こんなときはドラ……じゃなくて助けて! アスラえもん!」
『おかしな名で呼ぶでない。まあ、よい。そなた知識は豊富じゃが肝心なときに引き出せんでは宝の持ち腐れじゃ。研鑽が足りんぞ』
「今の日本人はみんなこんなもんだ。知りたいときはネット見ればすぐわかる。俺だってスマホが壊れてなけりゃ自分で調べるって。で? 何かいい方法はないのか?」
『そうじゃの、マイクロバブルというのがあるが、服を洗うのにも使えるのではないかの』
「おー! マイクロバブル! 知ってる! 使ってみたかったけど、風呂の改装費がバカ高くて手が出せなかったんだよ。何で忘れてたのかねえ? よし! ぶっちゃけ只の水でできた小さい泡だろ? 水魔法の範疇じゃん。できるできる。あ、そっか。もともと風呂用だった! これで異世界でも勝つる! よし、まずは服で実験だ!」
ヘイスは、姿は見えないものの、アスラ神との対話と、実際使うことができた魔法のおかげで異世界の存在を完全に受け入れていた。
日本に帰還することも理論上可能とはじめから言われていて本人も納得できる理由だった。両世界の危機をまず解決しなければと聞けば納得せざるを得ない。癇癪を起こしても仕方がないと思えるほどには大人なのだから。
不安なのは帰還するための交換条件として押し付けられた魔素回収という任務だが、世の転生主人公たちに比べて、魔王や邪神を討伐する必要がないだけ遥かにマシというものだ。アスラ神自身が邪神ポジではあるが。
異世界で活動することに納得した上で新たに問題になるのは、日本で仕入れた異世界生活のご当地トラブルだ。
話によれば、どう考えてもテンプレどおり中世かそれ以前の文明の様子。日本人にとって快適な文化生活を送れるとはとても思えない。衣食住にネット環境、不満も不安もある。
知識と魔法が頼みの綱だ。
飲料水の問題は解決できたが、そろそろダンジョンを出なければ食料面で危機に陥る。外ではシステムが監視しているおそれもあるのでアスラ神と自由に交信できるかも定かではない。
ならばこの機会にいろいろ情報を仕入れようとヘイスは考えた。
もともとこの世界の常識を学んでいたところ、厭きてきて魔法の練習に移行しただけなのだが。本来の講義に戻っただけともいえる。
「いや~よく落ちるね。マイクロバブル。さすがアスペディア。この場合はアスーグル先生ってとこか? なあ、ほかになんかいい情報はないか? 便利そうなやつ」
『具体的に聞かれれば答えもできようが、便利といわれてものう。神の視点では人間の営みなどどれも同じに見えるのじゃ』
「そっかー。具体的にねえ……あー、そういえば任務ってダンジョンを攻略して回るんだよな。そしたら人里離れるんだろ? 食いモンはどうしたらいい? 調理器具とかダンジョンの宝箱にないだろ?」
『宝箱から調理器具は聞いたことがないのう。せいぜいナイフぐらいじゃな。このダンジョンは我が結界を張ってから宝箱は新たに出現しておらんから期待はするでないぞ。
そうじゃの、単純な道具なら土魔法で作れるようになったのではないか? 調理も魔素を好きなだけ使えるそなたならば火魔法を使い続けて問題ないじゃろ。そうじゃ、便利といえば光魔法も調理に使えるぞ。マイクロウェーブといったかの? 紫外線で殺菌もできるし、赤外線で中からも加熱できるぞ』
「マイクロ続きだな。マイクロウェーブってなんだっけ? 泡じゃなくて波?」
『電子レンジのことじゃ。ほんに忘れっぽいのう……』
「電子レンジか! 一人暮らしの必需品じゃないかよ! そりゃ覚えるしかないな! 光魔法でできるなら俺にもできるってことだよな。でも紫外線とか赤外線とか波長がどうのこうのって人間が感覚で操作できるもんなのか? あ、そうだ! 痛いの我慢するからインストールで一発調整頼めないか?」
『神をあまり頼るでない。そなたには使徒として最大限の権能を授けたつもりじゃ。よいか、すでに我の最大限じゃ。残りのリソースは神力変換に費やしておる。これがリソース不足で効率が甚だ悪いと来ておる。バージョン1.0というところかの。ま、塵も積もれば山じゃ。じっくり神力を溜めてバージョンアップさせて行く予定じゃ。そなたにもしばらくは権能は授けられん』
「俺のバージョンアップは無理か~。ま、しゃーねえな。情報もらえるだけで御の字ってとこか。じゃあ、あとほかに聞くべきことは~っと。調味料は……人間の町に期待だな。塩ぐらいは海があれば魔法で一発だな。武器は、使えるかどうかわかんねえけど、宝箱頼みよりは土魔法で造ればいいか。あとは……ヒゲ剃りたい。ラノベの主人公たちはどうしてたんだろうな。いつでもツルツルのイメージだ。サラリーマンは毎朝苦労してるんだぞ。予備のシェーバーだって持ち歩いてるのに。あ、そういえばカバンがねえ!」
スーツ上下とワイシャツとTシャツ、ついでにパンツの洗濯を終え、同じく血まみれの頭を洗って、ついでに全身を洗ったところでヒゲが少し伸びていることに気がついた。サラリーマン生活の苦労も思い出し、やっと自身の持ち物についても思い出したというわけだ。
これまでは暗闇であったし、異世界の情報収集や心浮き立つ魔法の修行が優先されたため、いろいろなことが抜け落ちているのだ。
これでもまだ最善ではないのでヘイスのうっかり振りを責める者はいないであろう。
『そなたがここへ落ちてきたときはその身一つであったぞ。察するに荷物は向こうの世界に落としたか、或いは次元の狭間に漂っておるかじゃな』
「えーっ! それ困る! 極秘……ってほどじゃないけど、顧客の資料があるから流出問題は世間がうるさいんだよ」
『うむ、流出は問題じゃ。ゆえに不用意に次元の穴を開けることはできぬ。ま、あきらめるのじゃな』
「誰がうまいこと言えって言った! くそ、行方不明に加えて情報流出かよ。クビどころじゃねえな、賠償モンだよ! あー、帰りたくねえ!」
『あきらめろ。どちらにせよ魔素の問題が片付くまでそなたは帰れぬ。むしろ好都合じゃ』
「
『どうしたのじゃ? 興奮して』
「俺、やっぱ戦うのムリ!」
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