第9話 魔法修行
「水出ろ~。よしキタコレ!」
一度魔法の発動を経験したおかげか、または日本人、地球人であるヘイスが一度乗れた自転車にすぐに馴染んだイメージを発揮したのか、二度目の水生成もすぐに成功した。
そして三度目からは、水を溜める容器もない状況なので、水量を細かく調整し、なるべく水を無駄にしないように発生させ、血まみれ、であろう手を洗った。
「よし、こんなもんでいいか。ま、結局は自分の血だし、少しぐらい残ってもいいだろ。やっと水が飲めるぜ!」
丁寧に洗っているようで実はものぐさ精神を発揮したヘイスだった。
だが、ミネラルウォーターを買える場所も水道さえないダンジョンの最奥の地で飲料水がどれほど貴重なものか、それを知っている人間ならヘイスの行動を咎めたり笑ったりすることはできまい。
「うめーっ! なんじゃこりゃ! ホントにタダの水かよ」
只の水ということなかれ。成分的には普通の水だろうが、死の淵から生還し、ダンジョンの底に閉じ込められているような状況で自ら生み出した水は文字通り魔法の水だ。味は甘露であろう。
ヘイスは、両手に汲めるだけの少量の水を何度も生み出し、満足するまで飲み続けるのだった。
『そろそろよいかの?』
地面に腰を下ろし、甘露のごとき魔法の水を堪能したヘイスは満足そうであった。
「おう! これであと10年は戦える、ってなもんだ」
『よろしい。では続きじゃ』
アスラ神はヘイスの小ネタに微塵も突っ込むことなく魔法の修行を再開した。
ヘイスはどことなく寂しさを感じた。
次の魔法は光魔法だ。
『光をイメージするがよい。太陽を見たことがない人間はそうはおらん。千年前はもっとも簡単な魔法じゃったぞ』
イメージするだけでいいらしい。
ヘイスは、光の波長が~とか、フォトン粒子が~とか小難しいことを考えていたが必要なかったようだ。
だが、光のイメージといっても、それは太陽だけではない。現代日本には様々な製品がある。白熱電球から蛍光灯、LED、マグライト、フラッシュ。ジャンルは違うが蝋燭や焚き火なども立派な明かりである。
「よし。俺はどこぞの大佐みたいな真似はせんぞ! 豆電球!」
ヘイスはツッコミの薄いアスラ神に考慮し予防策をとって小さな明かりから始めることにしたようだ。光と聞いて真っ先に某有名アニメを連想したヘイスの業は深い。
もっとも日本人で元ネタを知らなくても派生リアクションを見たことがある人間は多数に上るだろう。
すでに水魔法を何度も成功させていたヘイスは光魔法も簡単に成功させた。
だが、ヘイスの想像を超えてしまったようだ。
「どわっ! 目が~! 目が~! って、おい! 俺はちゃんと豆電球をイメージしたぞ!」
念のため座ったまま発動したので、転ぶことなく、スムーズにのた打ち回ったヘイス。
だが、納得がいかない。
『うむ。単に暗闇に慣れすぎただけじゃ。あと発現させる位置が近すぎたの。我の見たところ、発動はそなたのイメージどおりの威力じゃ。安心するがよい』
「う~。まだ目がチカチカする……豆電球も結構明るいんだな。考えてみりゃ懐中電灯なんかも豆電球だよな。よし、今度こそまともに出ろよ! 常夜灯! 天井!」
『今度は遠すぎじゃ。まあ、発動そのものは成功じゃから次は運用に注意するがよい』
アスラ神の評価通り、二回目の光魔法は遥か頭上に小さな明かりが灯っていた。さすがに暗闇に慣れたといっても部屋全体を見通すことは適わなかった。
「コアルームって結構広いんだな。ボス部屋ならドラゴンサイズでもおかしくないけど、ちょっと意外」
『ボス部屋で間違いないぞ。すでに我が処理したあとじゃがな』
天井の小さな明かりを見上げながらつぶやいただけだったが、アスラ神は律儀に解説してくれた。
「神サマが相手って、ボスモンスターも可哀想に……まあ、大体の広さはわかった。次は問題ない」
部屋の広さを把握したヘイスは、言葉通り三度目で適切な明るさを創り出すことに成功する。
「おお~よく見える。うわ! 手にまだ血がついてる! あちゃー、時計も壊れてるよ。スーツは……ダメだ。背中が血まみれじゃん。ワイシャツもTシャツもダメだろな……」
ストリップではないが、光源を確保したついでに身だしなみのチェックを始めるヘイス。
暗闇ででは実感できなかった事故の惨状に自分のことながらドン引きであった。
『もうよいかの。では、次は少し難易度を上げようかのう。ヘイスよ、そのまま光魔法を維持しながらほかの魔法を発動させるのじゃ』
洗濯をしたかったが、あきらめて被害の一番少ないTシャツ姿になったヘイス。
そこに新たな課題が課せられた。
だが、当のヘイスは余裕の表情である。
「並列魔法? 並列思考か? いや、並列発動ってやつか。まあ、やってみればわかるか」
異世界の常識の講義よりも、ラノベでも読んでいるかの心持ちの魔法の修行は男心をくすぐるのである。
「まずは、光りを維持しながら、水出ろ!」
最初はすでに成功させている水魔法を並列発動させた。
見事成功する。
「よし、次は、はじめての~火! 蝋燭サイズ、出ろ!」
並列発動の成功に気をよくしたヘイスはすぐさま次の魔法に移行する。
だが、すでに光魔法でやらかしているので、サイズと位置には気をつけたようだ。目いっぱい腕を伸ばし人差し指を立てている。中指でないのはボケてもツッコミ役がいないからである。ついでにこの世界でどんなフィンガーアクションがタブーなのか確かめようと考えている。
「あつっ! え? 熱いんですけど? なに? 術者には影響がないんじゃないの?」
一応は発動に成功し、指先に小さな火が灯った。
が、すぐに手を引っ込めると炎は消えてしまう。
『ふむ。そなたの記憶にはそのような記述があるが、この世界では誰が出そうが火は火じゃ。発動場所には一層気をつけることじゃな』
「へ~い」
ラノベはとても参考になるが、読みすぎると弊害もあるな、などと考えるヘイスだった。
気を取り直して二回目の挑戦。
指先からさらに数センチ離して発動に成功。アスラ神も、うんうんと頷いている(気がした)。
「じゃあ、次は風? 見えないけど、失敗しても微風なら被害はないだろ。風出ろ!」
掌を前に突き出し、気合を入れる。
しかし、見た目には何も起こらず、ヘイスは微妙な気分になった。
『うむ。成功じゃ。思い通りのそよ風が吹いたぞ』
神サマのお告げで成功を知る。やはり微妙な気分だった。
「ああ、そう……紙吹雪とか風車とかあればわかりやすいのに……あ、シャツで代用できるかな? あ! そうだ、洗濯してそれに風当てれば乾いて一石二鳥じゃん」
ヘイスは何か思いついたようだ。
「土魔法ってポール生やせるか? 一メートルもあれば服引っ掛けられるな。あれ? そういや俺のステータス、土魔法なかったような……いやいや、あれはフェイクっていってたし、森羅万象なんだから土ぐらい簡単に作れる……あれ? 土って何なんだ?」
小説を読んだだけのヘイスにとって、実は土魔法が一番ワケがわからないものだった。
土魔法使いが『ストーン・バレット!』と叫ぶたび『ストーンて、石じゃん! 土じゃないじゃん!』と内心叫び返していた日々を思い出す。
そして実際魔法を使えるようになって改めて気がついた。
土ってなんぞ、と。
「なあ、神サマ。土魔法って俺にも使えるのか?」
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