第8話 常識あれこれ

 


 鈴木公平改めヘイス・コーズキーは、何か吹っ切れたのか、貪欲に学ぶ姿勢を見せた。

 気をよくした自称神・アスラ神も持てる知識を授けようとしてる。


 ヘイスたちは限られた時間で、学ぶべき内容を取捨選択し、よそ者でも知っていないとおかしいレベルの常識を中心に話し合った。


 大体がこの世界で統一されたという数量単位が多かった。いわゆる度量衡に関してである。


 長さ:一寸=2.5センチメートル

   一尺=12寸=30センチメートル

   一尋=6尺=180センチメートル

   一町=60尋=108メートル

   一里=12町=1300メートル

 

 重さ:一貫=27キログラム=一尺×一尺×一尺=27000立方センチメートルの水の比重

   一斤=450グラム

   60斤=一貫


 通貨:大金貨>金貨>大銀貨>銀貨>大銅貨>銅貨

   通貨は各国で暗黙の了解の下貴金属の比率が決まっている。

   各硬貨のレートは両替手数料などを抜きにすれば10枚で繰り上がる。

   地域によっては貨幣を半分に割った《半硬貨》も流通していて、下の貨幣五枚分換算で便利と思われている一方、素材の中抜きも心配されているらしい。

   通貨単位は、一般的ではないが一応あるとのこと。現地語で《ヌル》。アスラ神によると物価までは把握していないということで、とりあえず円よりはドル換算でいいのでは、らしい。


 時間:地球とほぼ同型の惑星タイプなので(平面世界ではなかった!)自転周期を一日をする。

   一日は12等分され地球と同じように深夜0時が起点になる。正午は6時と呼ぶことになるが、それでは地球の時間と混同されやすいのでアスラ神が翻訳に修正を入れて時刻は十二支バージョンかあるいは、「一の時刻」「二の時刻」と言い換えることになった。

   時間は、日本の伝統に習い「一刻」「二刻」で数える。半刻は地球のおよそ1時間である。

   また、一刻を60等分したのが「分」であるが、実質地球の2分になるので慣れないうちは注意が必要だとのこと。

   アスラ神の惑星も地球と同程度地軸の傾きがあるため季節の移り変わりがあり、春分夏至秋分冬至の概念がある。公転周期を一年として一年は386日。閏年もあるそうだ。

   アスラ惑星にも衛星があるが、大小二つあり、公転周期も違うが、満ち欠けがはっきりわかるのは大の月と呼ばれるほうで、これを基準に一ヶ月35日が定められたという。これは地球の太陰暦にあたるが、地球の暦と同じように太陽暦との齟齬がわずらわしかったそうだ。結果、これも地球と同じように太陽暦が主流となって現在では月の満ち欠けに関わらず一ヶ月32日、一年12ヶ月あまり2日で年末の12月は34日が大晦日になる。閏年は35日。


「頭いたーい! メモがほしい! スマホカンバーック!」


 やる気を見せた鈴木ことヘイスだったが、真っ暗闇の中、メモも取れずに知識を詰め込まされストレスが溜まったようだ。


『気晴らしに魔法の練習でもするとよい』


 気遣いというよりは学習の効率を考えての発言らしい。


「そうだ! 魔法があった!」


 アスラ神による魔法講座が始まる。

 システムに組み込まれている魔法の場合、発動を念じながらコマンドワードを唱えれば自動で発動するが、アスラ神の指導する魔法は《原初魔法》である。

 これはすでに説明したとおり、ヘイスだけに与えられた隠しスキルだ。


『森羅万象に語りかけよ。そなたら日本人の知識を動員し、そなたの周囲に存在する原子、分子を掌握するのだ。思念は体内の魔力を呼び水として周囲の魔素を通じて対象をコントロールする。この説明で理解できるかの?』


「どっかで聞いたような、よくある設定だ。まあ、とりあえずやってみるさ」


 ヘイスは暗くて人目がない(神サマは除外)ことをいいことに、左手を腰に当て右手を前に突き出し半身になるという香ばしいポーズをとった。

 そしておもむろに呪文を唱える。必要はないと説明を受けたばかりなのだが。


「水よ、我がもとに集い敵を討て。食らえ! ウォーター・ボール!」


『まじめにやらぬか』


 真っ暗だったので水が生成されたかは確認できないが、水音もしなかったし、なによりほかならぬ神サマが失敗と判断した。


 失敗はしたがヘイスは落ち込んでいなかった。

 なぜなら、アスラ神が看破したとおりヘイスは失敗前提でふざけてみたのだから。


「まあ、気晴らしだからやってみた。後悔はない」


『失敗するなどと思っておってはその思念が発動に影響するのじゃ。何度も言っておるとおりこの魔法はそなたら日本人に相性がよい。自信を持つのじゃ。それより試すなら光魔法はどうじゃ? わかりやすいぞ?』


「そうなんだけど、今水がどうしても飲みたい。死活問題だ。あ、魔法で出した水って飲めるのか? 飲めなかったらヤバイんだけど」


 ヘイスが次元の穴に落ちてどれだけの時間が過ぎたのか。

 ダンジョンの中ということで太陽の動きもわからないし、途中意識がなかったりしたためなおさら時間感覚がない。

 アスラ神と対話しているうちは興味深い内容だったり意味不明だったりで精神が謎のハイテンションを維持していたが、魔法の実践になるや、魔法で水を出せることに気がつき、ようやく喉の渇きを覚えたのである。


『食料のこともあるゆえ、なるべく早くコアルームから出すつもりじゃったが、そうか、水は魔法で確保できるの。ふむ、そなたの質問じゃが、無論人間が飲める水も出せるぞ。そなたのイメージ次第じゃ。さあ、今度こそまじめに魔法を使うのじゃ』


「わかってるって。よし、イメージ、イメージ。おいしい水出ろ、おいしい水出ろ~」


 ヘイスは呪文とも注文ともつかぬ文句を繰り返す。

 そして長年ネット小説で培った魔法のイメージを思い出す。

 空気中にあるはずの水分子。それを掻き集める。そんな設定がネット小説のそこかしこにあった。


『そうじゃ。それでよい。無から有を生み出すには神でも至難の業じゃ。じゃが、そこに何か物質があれば別の何かに創り変えることは比較的容易じゃ。石を金にするなどな。そしてじゃ、目的のものを構成する物体があればなおさら容易じゃ。そなたのイメージは間違っておらぬ』


 ヘイスに自信をつけさせるためか、相変わらず心を読んだかのような発言だった。


 心を読まれたことに対してヘイスはすでにあきらめている。特に嫌悪感などは感じない。

 そして、励まされた事実だけが残った。


「おおっ! 出たっ!」


 今回は単に掌を上に向けている格好だったが、その掌の上に大きさは判別できなかったが、間違いなく液体が落ちてきた。まさか血などではあるまい。


『うむ。成功じゃ。やはり見立てどおり相性がいいのう』


 アスラ神のお墨付きもあって、生成されたのはイメージどおりの飲用水だったらしい。

 アスラ神曰く、かつて原初魔法が一般的であった時代も魔法を使うにはそれなりの修練が必要で、人によっては今回のように少量の水を出せるようになるまで数ヶ月かかる場合もあったという。

 ヘイスの場合、異世界人特典というものがあったといえばあった。だが、それはチートとは程遠く、なけなしのリソースから最低限の能力を授けられたものである。

 それでもこれほど早く魔法が使えるようになったのはアスラ神が見立てたように日本人に適正があったためであろう。


 ヘイスはアスラ神からそんな説明を聞きながら、掌にまだ残っている水を飲もうとした。


「ぶへっ! ぺっぺっぺっ!」


 その液体は血と泥の味がした。思わず吐き出してしまう。


「くそ! もう一回だこの野郎!」


 神サマの力ですでに完治していて本当に大ケガをしていたかいまだに信じられないヘイスだが、真っ暗なこともあり、手についた大量の血のことも忘れていたのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る