第4話 復活後



「ギャー!!! イテーッ!!!」


 男は突然襲い来る痛みに思わず絶叫をあげた。


 そして再び意識を失う。


『では契約に基づき神たる我が権能を分け与える』


 謎の声、邪神と呼ばれる存在が厳かに宣言した。

 が、今回は男の精神を覚醒させることなく、すでに同意を得たものとして扱うようだ。


 男は、意識はないものの、時折身体を痙攣させている。


 先ほどの瀕死でピクリともしなかった状態に比べ、すでに回復し反射運動とはいえ身体が動くようになった……といえば目出度い限りだが、見た目は断然今のほうがヒドイ。泡まで吹いている。


 残念ながら当事者以外無人であるため、その惨状は中断されることなく続くのだった。





『目覚めるのじゃ。我が使徒、コウヘイ・スズキよ』


「う? ……なんだ? ……夢か……真っ暗だし……まあ、身体も動くみたいだし、やっぱり夢だった……」


『夢ではないぞ』


「何だよ! 夢ぐらい見させろよ! イタッ!」


 謎の声のツッコミに反射的に身体を起こしたが、手を床に着いた拍子に掌に痛みが走る。

 それで自分が寝ていたのが柔らかなベッドなどではなく、表面の粗い石畳のような場所だったと気付いた。


「な、なんだよ、ここ、どこだよ……」


 死の淵から生還した男、鈴木公平はまだ現実を受け止められていないようだった。


『ダンジョンのコアルームじゃ。ほんに信じておらんかったようじゃの』


「だ、ダンジョン……ははっ、まさか……」


『己の目で見て、肌で感じれば自ずとわかると言うたではないか。すでに死の危機は脱した。納得がいくまで確かめるがよい』


「確かめるっていっても、こう暗くっちゃ……」


『明かりはないこともない。後ろを見よ』


 謎の声に言われて素直に振り向く男。


 確かに光源があった。

 手を伸ばせば届きそうな地面の上にあり、座ったままだったのですぐに目に入った。

 それは、暗くて正確には距離感は掴めなかったが、大きさは人の頭サイズ、形状は半球の、薄っすら緑がかった乳白色をした淡く光る物体だった。

 男は小さいころ遊んだ、蓄光材を利用した《光るボール》を思い出した。

 それぐらい頼りない明るさだった。


 そして、それは時折明滅している。

 明滅といっても、規則正しいわけではなく、男は壊れかけた蛍光灯をイメージした。


「なんじゃこりゃ……」


『ダンジョン・コアじゃ』


「うぐ……」


 男はこの期に及んで惚けようとしたが、謎の声は当たり前だといわんばかりだ。


「だ、ダンジョンならもっと明るくてもいいだろ! ヒカリゴケとか消えない松明とかさあ!」


 悪あがきとばかりに辺りを見回す男。

 だが、ダンジョン・コア(まだ認めない)の光量はケミカルライトや蝋燭よりも暗く、男には逆に辺りの暗さが際立って感じられる。


『あきらめの悪いヤツじゃな。納得するまでとはいったが、時間が無限にあるわけでなし、そろそろ使徒として働いてもらえんかのう?』


「そんなこといったって、こう暗くっちゃ何もわかんねえよ。どうしろっていうんだよ」


『すでに我と契約した身。ここが実際にダンジョンであろうとなかろうと、責務は果たしてもらう。それともそなたは契約を一方的に反故にするつもりか? 我は瀕死のそなたを回復するという約束は守ったぞ?』


 闇の中という不安と、ここが異世界だということに対する疑念、どうすれば自分が納得できるかわからないという葛藤、そして解決策はないかと焦燥感に駆られキョロキョロと辺りを見渡す男に謎の声が契約の履行を求めてきた。


「う……た、確かに契約するって言ったけど、こんなピンピンしてるのに瀕死だとか言われても……なんじゃこりゃ!!!」


 勤め人として契約の大切さは知っているし、逆に詐欺や脅迫による契約は無効だとも知っているので男は最後まで抵抗しようとした。

 そして頭を打って瀕死だったといわれたことを思い出し、なにげなく後頭部に手をやった。


 ぬるり。

 掌にそんな感触を覚え、頼りない光源に手をかざすと掌はドス黒く染まっていた。

 錆びた鉄の臭いも鼻を突く。


『身体は回復させたが流れた血はそのままじゃ。なに、貧血になるほどの量ではない。よかったのう』


 男が現実逃避する前に無慈悲にも答えが告げられる。

 逃げ場はなくなったようだ。


 後は契約したときの状況が法的に不当と認められれば晴れて契約無効になるが、そこまで考えて男ははたと気がついた。

 どうやら瀕死状態とやらは回避できたが、状況の悪さは何も変わっていないということに。


 屁理屈を捏ねて契約を破棄したとして日常に戻れるのか。


 相手を怒らせて今度こそ殺されるのではないか。


 直接手を下されなくとも、この、わけのわからない真っ暗な場所に放置されたら、自力で脱出できるのか。


 ここには弁護士も警察もいない。


 警察!


 運よくといっていいのか、これまでの人生で警察に関わることなどなかったが故にこんな状況になっても思いつかなかったが、やっと思い至った。


 が、運の悪いときはとことん悪くなるようで、ズボンのポケットから取り出した携帯電話は淡い光源でも確認できるほどに亀裂が入っており、自分が瀕死になるほどの衝撃があったことの証拠がまた一つ増えた。当然起動することはなかった。


「つんだ……」


 警察に通報する手段もなくなり、男はついにあきらめた。


『納得したかの? では、仕事に取り掛かってもらうかの』


「……姿も見せないのはどうかと存じますが、やはりのじゃロリですか? キツネ耳はありますか?」


 男はあきらめたはずなのだが、錯乱したのか現実逃避なのか、欲望をストレートに口にした。


『要求に答えてやりたいのじゃが、リソースが足りぬ。ま、そなたの働き次第ではそなたのリクエスト通りの姿で降臨してやってもよいぞ。そのためにはまず働くのじゃ』


 自称神サマは、男のたわごとに嫌悪感を示すでもなく淡々と反応し、さらに契約の履行を促してくる。


「……ハイ、わかりました……で? 俺は何をすればいいんだ?」


『魔素の回収じゃ』


「……もっと具体的にオネガイシマス……」


『ふむ。確かに先ほどはそなたの命のタイムリミットがあったゆえ説明も十分ではなかったの。今も時間があるわけではないが、もう少し説明してやるかのう』


 男は、瀕死状態のときは、身体の自由が利かない上異世界などと荒唐無稽な話を聞かされ、さらに唯一意思疎通の出来る相手が自称神サマというのだから聞いた内容は右から左へと流してしまっていた。これは誰も咎めることは出来ない。

 事実、自称神サマも憤ることなく説明を繰り返している。


 後がないと理解した男は、今度こそ真剣に説明を聞いた。

 が、どうしても異世界モノのラノベの設定を聞かされている心持ちで、すこぶる座りが悪かった。


「……これじゃ出版依頼は来そうにないな。主人公の活躍次第か? え? この場合、俺が主人公ポジ? うわー。アニメなら一話で打ち切り確定だな」


『これ、まじめに聞くのじゃ』


 あまり真剣ではないようだ。

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