第13話 予兆 後編

 最初に異変に気づいたのは、メイド長でした。

 突如、空調設備が止まったというのです。

 前回のメンテナンスから三ヶ月での故障。早すぎると思われましたが、実際使えない以上、なにかのトラブルが起こっているのだろうと思われました。

 しかし、次の異常が判明します。

 空調設備の修理のために通信を試みましたが、つながらないのです。

 この頃から、皆がおかしいと思い始めます。

 それから様々な機器を試してみますが、エーテルを使ったものは、すべて故障していることが判明します。

 空調、通信、調理、浄水、予備エーテル、メンテナンスしたばかりの照明まで、王城の最新の設備や道具が回路から焼き切れていました。。

 使えるものは、油を使ったランプやマッチなどの旧式の物のみ。

 皆でどうしようか話し合っているところで、見張りの騎士が火急を告げます。外で火の手が上がっていました。

 直後、正門から大きな衝突音がしたと思うと、正門に装甲車が突っ込み、武装した集団が降りてきているところでした。

 護衛の騎士が相対しましたが、こちらのエーテル稼働の火器は使えません。

 対して、相手はエーテルを使わない、火薬式の機関銃を持っていました。

 私達は気づきます。

 これは計画的な犯行です。

 エーテル式のあらゆるものが使えなくなった理由も推察できます。エーテル信仰の強硬派が開発したという、エーテル回路を焼き切るという波動兵器を使用したのでしょう。

 とはいえ、厳しい訓練を積み、白兵戦の経験も積んだ近衛兵たちです。

 武器と人数にハンデを負っているとはいえ、善戦していました。

 簡易的な陣を敷き、バリケードを立て、剣や槍で戦います。

 救助要請の通信が使えないとはいえ、外が異常を感知していないとは考えづらく、救助が来るまでの辛抱だと皆奮い立っておりました。

 来なかったのです。

 三分もしないうちに増援が来るはずが、五分経過しても音沙汰なく、十分しても増援なく、ついに敵の自爆攻撃の猛攻に耐えきれず、騎士の一人が倒れました。

 そこからは早かったです。

 倒れた騎士の穴がつつかれるように倒れていき、敵の優勢となりました。

 その後、部隊が壊滅。バリケードを維持できなくなり、城内への敵の侵入を許してしまいます。

 敵は火炎放射器で場内の物品を壊し、その燃料は地面に残り燃焼し続けます。

 城の何もかもを焼き尽くして周り、執念深く、隅々まで火の海にしていきました。

 王は劣勢を悟り、先に王族の隠し通路を使い離脱しています。

 城内に残った騎士たちは奮闘しましたが、皆やられました。

 私が最後の一人となります。

 死中に活を求め、敵の物量と自爆戦術による厳しい戦いを強いられるも、耐えていました。

 その時です。ホールに姫が現れたのは。

 私情を挟みますと、来ていただきたくなかったのです。

 姫に何かあってはいけません。

 私も命に変えてもお守りいたしますが、万一のことがございます。

 ……助かったのは事実です。

 大人数に囲まれて、そのすべての挙動を認識しつつ立ち回る。

 体力もそうですし、ずっと張り詰めた緊張に気力を削られているところだったのです。

 姫に半数ほどを引き付けていただき、一人ずつ倒していく余裕が生まれました。

 感謝しています。

 姫!? なぜ涙を湛えているのですか!? 傷が痛むのですか?

 嬉しい涙? 理由はわかりませんが、姫が嬉しいのであれば、私も嬉しいです。

 とはいえ、今は緊張を持って進みましょう。

 話が反れましたね。

 姫がホールで敵を引き付けたあと、姫を捜索しながら見つけた敵を片っ端から倒していきました。

 その最中に爆発音がして、急いで駆けつけます。

 危険な状態だったようですが、なんとか間に合って良かったです。

 今回だけでなく、いつも間に合っている。ですか。

 できることなら、もっと早く助け出したいのですが、申し訳ありません。

 そういうことじゃないと仰っしゃりますが、お世話になっていて、お慕いしている姫様です。できるだけ早く救いたいのです。

 姫様!? 顔が赤くなっております!?

 怪我で発熱しているのでしょう。

 ここを出る前に医務室で治療しましょう!

 大丈夫、ですか。確かに追手の危険がある以上、極力早く行動すべきではありますが、無理はできません。

 早くお父様の安否を確認したい、ですか。

 かしこまりました。

 一息つけるようになったときは、真っ先に治療を受けていただきますからね!

 そうそう。

 姫様の部屋の前で、敵の銃を抑えてくださいましたね。

 そのおかげで最短距離で詰められました。さすがは姫様です。

 王族用の隠し通路ですが、姫には裏口から出ていただくよう申し付けられております。

 何があっても王族の血を絶やすわけにはいかない。

 どちらか片方だけでも生き残る確率を上げるために、別のルートで避難するとのことです。

 王妃様が若くして病に臥し、王族の血を持つものは、王と姫しかいません。

 賢明な判断だと思います。

 裏口を出てからは、外がどうなっているかを確認しつつ、先王様と王太后様の屋敷に向かいます。

 あそこであれば、テロリストのエーテル封じの兵器の効果圏外と思われ、防衛能力も高いです。




 そのようなことを話しつつ、姫と騎士は裏口に到着した。

 互いに目を合わせ、戸を開く。

 それと同時に、火砲の爆音が轟いた。

 衝撃が伝播するよりも早く、騎士が前に出て、剣を一振りして砲弾を切断。

 姫に向かっていた死の一撃は割れ、横を通り抜けていく。

「きゃっ!」

「待ち伏せです」

 騎士は懐から手榴弾――敵から奪っていたもの――を取り出し、ピンを抜いて投擲する。

 吸い込まれるように再装填中の砲門に入り炎上。

 爆発が起き、装填中の砲弾に誘爆した。

「怯むな! 一人たりとて逃がすな!」

 爆発片に皮膚を裂かれたものもいたが、構うことなく機関銃を振りかざしてくる。

「はっ!」

 騎士の掛け声と同時に、姫は横に跳ぶ。

 その場に留まった騎士は、素早く身を低くして走り出す。

 体のすぐ上を弾丸が飛ぶなか、数歩で間合いに入り込む。剣を薙ぎ払って一蹴した。

 一発が肩に命中したが、一切硬直せずに敵軍を壊滅させた。

「私の騎士、怪我を」

「大丈夫です。それより、現状理解に努めましょう」

 彼は肩から流れる血をさほど注視せず、敵の持っていた消毒液をかけ、包帯で縛るだけで済ませた。

「大きな大砲がありました。大砲を運ぶのであれば、どれほど隠蔽しようと目立ちます。もしかしたら、想像よりもかなり広範囲が敵の占領下にあるのかもしれません」

 民衆は無事。と思うのは、希望的観測にすぎる。

 姫は、せめて被害が少しでも小さく収まるように祈る。

「私にもなにかできませんか? そちらの銃なら使えるかもしれません」

「いえ、私も火薬式のものは扱ったことがありませんので、操作がわからず暴発するかもしれません」

 そう言われると、口を閉ざすしかない。

 なにかいいものはないだろうか?

 エーテルのものは全て封じられ、旧式のものは扱い方がわからない。

「まだ使えるものは……」

 周囲を見渡していると、思いつく。

「そうですわ! 馬に乗っていきましょう!」

 王家の伝統として、戴冠式の際に馬車で式場まで行く慣習がある。

 その馬車を引く血統馬は、王家の庭にある厩舎で飼っているのだ。

 テロリストの車ほどではないものの、徒歩よりもずっと早く移動できる。

 二人は急いで厩舎に向かった。

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