第14話 勇者らしく、魔王らしく

 勇者の意識が覚醒する。

 暗く冷たい空間にいることがわかった。

 体を起こすと節々が痛む。

 魔王城の王の間から、この地下の底に落下した。

 落下の衝撃は甚大だが、剣で空気を切ることで落下速度を軽減し、なんとか死なずに済んだ。

 とはいえ、高所からの落下だ。神経に直接釘を刺されるような痛みに顔を歪ませる。骨にひびが入っている可能性が高い。

 どうにも暗く不潔な場所で、ホコリが舞って軽くむせた。

 床も壁も天井も、銀色に鈍く光る金属でできていて、そこらじゅうを太いケーブルが通っている。

 上を見上げると、どこまでも高いところに光がある。

 どうやら、落ちた衝撃で意識を失ってしまったらしい。


「早く、戻らねば」


 勇者は、ここが数十キロは地下にあると推測する。

 体を起こし、周りを見渡そうとしたとき。

 背後から声が投げかけられた。


「上から落ちてきて、まだ生きている。とんだ化け物がきたもんだ」


 声のした方を見る。

 暗くて気づかなかった。何人か、薄汚れたローブを着た人影が見える。

 勇者も感知能力には自信があったが、よほど存在感が希薄であった。

 目の前にいる人影は、本当に人間なのだろうか?

 異形ではない。

 しかし、人間でないかもしれないと思わせるほど、すべての人影が奇妙な雰囲気をまとっていた。


「ここまで落ちてきちまったんなら、もう戻ることは不可能だ」


 人影が動かず言う。

 勇者は警戒して少し距離を取り、情報を引き出そうとする。

「貴様らは誰だ。ここは何をする場所だ」

 この施設が、魔王城の地下にあることは見当がついている。

「なぜ戻れない。吾輩は戻らねばならないのだ」

 しわがれた声の人影は、ローブから枝のようにやせ細った腕を伸ばす。

 天から光が伸びている。あの光は、崩壊した王の間のものだろう。

「ターミナルだ」

 人影の指の先。天から伸びる光のちょうど真下に、ビルほどもある金属の円錐が立っていた。

 床や壁と同素材と思われるそれは青白く光る何かが伝っており、暗い地下の光源となっている。

「ついてきな。ここじゃあ、竜脈に焼かれちまう」

 声の主は、手招きして歩き出した。

 急がねばならないが、まずは上に行く手段を確保せねばならない。

 情報を集めるため、致し方なく勇者は彼についていくことにした。




 ダクトから聞こえるプロペラ音が耳をつんざく。この地下に酸素を送り込むために必要なのだろうが、気がおかしくなりそうだ。

 あまり長居したい場所ではない。

「どうすれば戻れる。ここはどういった設備だ。なぜ人間が魔王城の地下にいる」

 移動中、色々と尋ねてみた。

 しかし、目の前を進む人影は反応せず、ただ通路を歩き続けている。

 金属の扉をくぐる。

 そこは、閉塞感に苛まれる地下にしては、広い部屋だった。

『私は、奇跡を成し遂げよう』

 聞こえてきた声に、勇者は反射的に剣を構える。

「心配するな。ただの記録動画だ」

 しわがれた声の人影が言う通り、その声は部屋に取り付けられたディスプレイから発されている。

 魔王城の最上階で見た魔王。彼女が映し出され、演説を行っていた。




君たちは、奇跡を見たことがあるか?

否、ないだろう。

世界とは思いのほか良くできていて、一個人の願いが通用する余地などない。 しかし、私は奇跡を成し遂げる。


二千年前。エーテルが発掘され、エーテルに触発された動物は魔族になった。

強力無比な彼らは、その傲慢さ故に人間を殺す。愉悦のために殺す。

しかし、エーテルがもたらしたのは、魔族への祝福ばかりではなかった。

人間はエーテルの法則を理解し、魔族に対抗する武器を作り出した。

窮地に陥った魔族は虐げられ、殺された。

では、なぜ我々は滅びていないのか。

決まっている。我々こそが正義だからだ!

人間は屑だ。

私はそんな奴らと同じ、人間だった。

エーテルの叡智に触れるなどとのたまって、私を実験設備に幽閉していた。

無数の薬品を投与され、腹を切り開かれ、脳に電極を差し込まれた。

痛かった、寂しかった、恨んだ、絶望した。

そんなある日、とある少年が奴らを壊滅させた。たったひとりでやってきて、すべてをぶっ壊した。追い詰められた組織は最終手段を取った。

私に過剰なエーテルを注入したのだ。

私は魔族になった。

奴らは私が侵入者を殺すと思ったのだろう。私は初めて逆らって、組織をぶっ壊してやった。

侵入者の人間の少年は、そんな私を見逃した。

しかし、私は孤独になった。

魔族になった私を待っていたのは、差別、侮蔑、飢餓、迫害……殺されかけたこともある。

そんな私を救ってくれたのは、君たち魔族だ。

私は気づいた。

人間も魔族も、変わらない。いい奴もいれば、わるい奴もいる

ならば、我らがやるべきことは唯一つ。


世界を支配する! 人間でも魔族でもある私が世界の支配者になって、人間も魔族も、全員が手を取り合う世界を作り出してやる!


人間を滅ぼそうとした連中とは違う。

魔族を滅ぼそうとした連中とも違う。

人間も、魔族も、その全てを幸福にしよう。

でも、私ひとりではできない。

だから、君たちの力を貸してほしい。




「彼女が魔王様だ」

「……」

 勇者は閉口する。

 見たくないものを見た気分だった。

「魔王は何をしようとしている」

「さあな。界征服をして、その後はどうするのだろうな?」

 映像がループを始める。勇者は目を背けようとする。


「俺はスラムの人間だ。スラムで生まれ、いわれのない罪を着せられてきた」


 勇者とは対象的に、人影は魔王の写っている画面を見つめながら語る。

「窃盗の罪を被せられ、殺されそうになったところを救ってくださったのが、魔王様だった」

 人影がローブを外す。

 しわがれた声とやせ細った手足から、老人だと思っていた。

 外れていた。

 暴力の跡が残る小柄な体。まだ子供だった。

「地下に匿ってくださった。国家に犯罪者として追われることもなく、食料も与えられている。最初は栄養失調で死にかけていたんだ。近頃は少しずつ体力が回復している」

 勇者はうつむく。

「ここは竜脈だ。大地から吹き上がるエーテル流をターミナルで制御して、城で覆いかぶせることで外部に感知されないようにしている。本来エーテルの吸収と放出をしている竜脈だが、放出だけを制御すれば、辺り一帯からエーテルを吸い上げる力のみが残る。エーテル兵器を無効化する安全なシェルターになるわけだ」

 魔王に敬意を払う子供は、そんな勇者を見ていた。

「魔王城の王の間。その直下の大円錐がターミナルだ。竜脈のエーテルを転送することで、魔王様は力を行使できる」

 スラムの子供は、勇者に囁く。

「壊したければ、壊せばいい。どのみち俺達に勇者を止められるほどの力はない。ターミナルを破壊すれば、私達は死ぬ。溜め込んだエーテルが爆発し、地下が吹き飛ぶ。もとより死ぬはずだった命だ。それもいいかもしれない」

 子供は勇者の方を見る。

 眉間にシワの寄った勇者の顔は、見ているものに怒っているような印象を与えることだろう。

 子供は知っていた。

 糞のような世界で生きてきて、極稀にだがこんな表情を向けてくる人がいた。

 彼は子供たちに怒っているのではない。

 子供に虐待をした人たちと、子供を守れなかった自分への不甲斐なさに怒っているのだ。

「吾輩には壊せない。敬愛する国家にも、貧民街があることは知っていた。どんなに優秀な政治体制が敷かれていようと、存在してしまうことは知っていた」

 勇者は拳を握る。

 悔しくて、力まずにはいられなかった。

「だが、だからといって諦めきれるものではない。誰だってそうだ。こういった感情を覚えてしまったら、もう全力で臨むしかないのだ」

 きっとこの子供は、勇者がこうなることを見越して、ターミナルの秘密を打ち明けたのだ。

 実際にそうなった。

「どうすれば上に戻れる! 次こそは、魔王を倒してくる。そして、ここの人たちも、姫も、魔王も、何もかもを救ってみせる!」

 勇者の心は、葛藤で渦巻いていた。自分はどうしたくて、世界はどうしたくて、その軋轢の間でどうやって折り合いをつければいいのか。


「やはり、あなたはそういう人だ」


 心做しか言葉に喜色を浮かべ、子供は微笑む。

「一年前、スラムから逃げ出した俺を救おうとしてくださった。あなたは誰よりも勇者なんだ」

 勇者は気づく。スラムで生き延びるためか、気配を消すことにおいて達人並みの技術を持つ人影が集まっている。

 今見てみれば、彼らはみな弱者だった。

 子供、老人、腕や足のないもの、目の見えないもの。

 彼らが奥の階段の前に集まっている。

 通さないように立ちふさがっているが、これではそこが出口だと自分から言っているようなものだ。

「多大な恩がある魔王様を裏切ることなどできない。だから、あなたにはどこが出口か教えない」

 矛盾しているようにも捉えられる行動。勇者はその真意を汲み取った。

「なるほど」

 勇者は駆け出す。

 敵役は遅い。

 粗末な武器を振りかぶってくるが、ひどく緩慢で勇者の敵ではなかった。

 空いた隙間から包囲網を飛び出す。

 勇者は勢いのままに階段を駆け上る。

「私は勇者だ。だからこそ、救わねばならないのだ!」

 正直、まだ心の整理はついていない。

 でも進まなければ一生後悔する気がしてならないのだ。

 吼える勇者は、上を見上げる。

 てっぺんから、一筋の光が落ちている。

 巨大な地下空洞を螺旋状に、穴の壁面に沿うように階段が続いている。


「勇者様、あなたも救われてよいのですよ」

 背中に言葉を投げかけられた気がしたが、勇者の耳には届かなかった。

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