第6話 エーテル信仰・大聖堂

 窓から飛び降りた勇者は、中庭に降り立った。

 着地と同時に地面を転がって衝撃を散らす。芝生が服についた。

 暗い場所から明るい場所に出て目を細める。太陽が眩く目が痛い。

 廊下で遭遇しそうになった魔族の話を聞きたかったが、途中で飛び降りて聞こえなくなった。

 かろうじて勇者の耳が拾ったのは、「王の間」、「玉座の後ろ」という単語であった。

 我が愛する姫は、そこにいる可能性が高い。

 とはいえ、王城と似た構造であるとしたら、最上階に位置するであろう王の間。

 そこに行くためのルートがわからない。

「地図がほしいものだ」

 目指す場所ができた以上、目印が欲しい。

 炊き出しの煙が消えてからしばらくする。

 そろそろ朝食の時間も終わる頃合いだ。

 巡捜数の少ないうちに把握したい。

 急がねばならない。

 中庭を進む。魔王城の中は、思いのほか自然豊かだ。花壇があり、ポツポツと小さめの木が生えている。

 一軒、巨大な建物がある。

 豪華絢爛な装飾に、屋根の頂点に立つ六芒星のエンブレム――エーテル信仰のものだ。


「大聖堂か。随分と立派なものを作ったものだ」


 城の中に設えたものとしては、世界有数の大きさになるだろう。王城のものよりも立派かもしれない。

 勇者が窓から中を覗く。外見に負けず、豪奢な趣の空間だった。

 魔王軍すべてが一堂に会してなお余裕のある広さだろう。

 誰もいない静謐な領域。

 しっかりと掃除をしている痕跡がありながら、人が入った痕跡がある。それなりに使われているように見受けられる。

 魔族がいないのを確認して正面扉を開ける。鍵はかかっていない。 

 天窓から陽の光が差し込む中、祭壇の前に進む。

 燭台で飾り立てられた光のエンブレムが鎮座している。

 しかし、勇者の目的はこれではない。

 祭壇から横に扉がある。

 開けてみると、想像通りの場所だった。

 本棚の並ぶ書斎である。本棚には、本がいっぱいに詰められていた。

 エーテル信仰において、信仰対象はエーテル技術自体だ。

 ある事件によって、王国では下火になった信仰だが、それまでは国内最大の影響力を誇っていた。下火になった今も信仰者は散見される。

 エーテル信仰の性質上、それに属する教会、大聖堂には技術を伝えるための書籍が必ずと言っていいほど置いてある。中には研究室とつながっているものさえあるほどだ。

 勇者はそれを知っていた。ここに地図がある可能性が高い。

 本棚を見回す。

 『魔王城』という単語はなかったが、気になる本があった。

「『都市型エーテル収集装置・設計図』。これであるか?」

 部屋の中央に置かれたテーブルに広げる。

 うずたかい強化レンガの塔と、それを囲む分厚い壁。周囲には水堀が掘られており、水車によって地下水路から採水する設備がある。

 それは、魔王城の設計図だった。

 ページを捲り、それらしいページを探す。

「龍脈によるエーテル発散……関係ないな。エーテルを吸収する機構? それが結界の正体か?」

 こんな状況だが、どうしても気になってしまって目を走らせる。

「『装置に侵入したエーテルを吸収および内部で循環させることで、エーテルによる攻撃を軽減する』。いや、これではエーテル装置外部のエーテルを吸い上げることなどできない。失敗作か」

 わずか十秒ほどだが、好奇心で時間を使ってしまった。これではいけない。

 次のページをめくる。

 目的のページがあった。

「『内部構造概略図』。これだな」

 地図よりは読みにくいが、城の立体構造まで把握できる図式だ。

 勇者は士官学校に通っている。学校に通っていれば、エーテル装置のメンテナンスくらいはできる様になるものだ。

 専門的だが、これぐらいは理解できる。

「王の間は……ここか。地下に伸びている空間はなんだ?」

 この設計図には妙なところがある。曰く、この城は王の間からその真下、地面を抜けて更にずっと下まで空間が伸びている。その部分は黒く塗りつぶされている。

 塗りつぶされた円柱の巨大空間を避けるように、円柱の周りに居住空間があるようだ。

「耐震技術であろうか?」

 建物の中央に大きな柱を建てることで、衝撃を逃す構造があると聞いたことがある。

 硬いレンガ造りの建物なのにわざわざそうする意味があるのかはわからなかったが、他に考えつくこともなかったので、そう結論づけた。

「最短経路は……ここから中庭に出て、外の階段をのぼり、廊下をまっすぐ行ってまた階段を登る。意外と近いな」

 さほど距離があるわけではない。

 妨害がなければ、すぐに到着するであろう。

 本を元通りにしまい、部屋を出るためドアノブに手をかける。

 

 ――勇者は思い切り後ろに跳んだ。

 

 木材の弾ける爆音。

 勇者が手を伸ばした扉が爆発したのだ。


「待ち伏せであるか! 資料室に爆薬を使うとは、なかなか豪胆なことをするな!」


 煙が晴れる。

 扉を中心として、大聖堂いっぱいに魔王軍が囲んでいた。全員が武装しており、最も勇者に近い者達は機関銃を持っている。

「侵入者だ! 構え!」

 隊長格と思われる羊角の魔族が叫ぶ。

 最前列に陣取った魔族たちが機関銃を構える。勇者に逃げ場はない。

 耳を澄ませば、大聖堂の外からもわずかに息遣いが聞こえる。


「撃て!」


 隊長格の号令に、勇者の声が重なった。


「これだけの人数を気配もなく動かすとは、敵ながらあっぱれである!」


 どこで気づかれたのだろうか? 気づいた者には報奨を与えたいぐらいだ。いや、今考えることではないか。

 引き金が引かれ、爆竹のような銃声が閃光を走らせる。

 勇者に弾丸の雨が降り注いだ。

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