第7話 騎士とは 前編

 初めての出会いから四年。

 今日は新しい騎士たちのための叙任式の日だ。

 将来の騎士を志していた者が、大勢の人の前で佩剣の儀式を受けている。

「う〜ん。これからは『将来の騎士さん』と呼べませんね」

 この場の殆どの人物が称賛の声を上げる中、姫はそんなことで悩んでいた。

 姫にとって極めて重要なことだ。

 元将来の騎士の晴れ舞台をしっかりと目に焼き付けながら、頭をウンウンと唸らせる。

 元将来の騎士は異例の速さで成果を出していった。

 叙任された今、輝かしい歴代最年少の騎士である。

 あっという間に叙任式は終わり、騎士の試合が始まる。

 獅子奮迅の活躍で、大人相手に彼は苦戦することなく相手を倒していく。

 姫が彼を見ていると、いつの間にか国王が隣に立っていた。


「娘よ。望むなら、彼をそなたの専属騎士にしようと思っている。どうする?」

 ――お父様! もっと早く言っていださいまし!

「ぜひともお願いいたします!」

「う、うむ……随分な喜びようだな」

「当然です!」


 気がつけば、周りの大人たちが姫を見ていた。

 自分で思っていたよりも、大きな声になってしまった。

 姫はそれほど嬉しかった。


「そうですわ! 『私の騎士』と呼びましょう!」


 姫はいい考えだと自画自賛する――なかなか心地よい響きだと思います。……お父様! そのなんとも形容し難い眼差しはなんですか!


「そうか。そなたももう十歳になる。覚えてはいないだろうが、そなたの母は大層な美人でな。王族の力こそ発現しなかったものの、賢く優しく、なにより芯を持った人だった」

「お母様の話は後でいくらでも聞きますから、今は忙しいのです!」

 国王は、何かあるとすぐに姫が物心つく前に亡くなった王妃の話をする。

 姫は自身のお母様の話が好きだったが、今はそれよりやらなくてはならないことがある。

 自分の父に一礼して謝罪したあと、その場をあとにする。

 騎士の試合が終わった。

 彼は度重なる連戦で額に汗をにじませているものの、一人前の騎士たち相手に、危なげなく全勝を掴み取った。

 彼に近づいていくと、彼も姫に気が付く。

 騎士相手に全勝した少年は、姫の御前に慌てて跪く。

 姫は少し悪い気がしつつも、伝える。

「姫、私のためにご足労いただきありがとうございます」

「構いません。それより、今日から私専属の騎士となりなさい。国王陛下からの命令です!」

 周りの騎士が驚く。

 歴代最年少での騎士叙任から、その日のうちに王女の専属近衛騎士になるのだ。

 後にも先にもないほどの栄光である。

 当の本人も、周囲の騎士ほどではないにしても目を見開き、静かに驚いている。

 姫は満足そうに頷くと、顔を澄まして言葉を紡ぐ。

「『私の騎士』。いついかなる時も、私のそばで守り続けなさい」

 騎士は応えようとする。姫はそれを制した。

 更に言葉を続ける。

「そして、あなた自身を守りなさい。あなたの願いを叶えることを、なによりも優先するのです」

「御心のままに」

 姫は自分の騎士の返事に頷く。

「流石は私の騎士!」

 姫は周りを見る。そろそろだろう。

 羨望と嫉妬の見える周りの騎士達に向かい、笑顔で伝える。

「あなた達にも頼みがあります。どうか、私の騎士をよろしくお願いします。我らの国の優秀な騎士である、あなた達にしか頼めないのです」

 まさか自分たちに声がかけられると思わなかったのか、騎士たちは顔を見合わせた。

 困惑が広がる。

 中から一人、勇気を出して答えた。


「もちろんです。可愛い後輩ですから。彼が騎士としての役目を果たしている限り、我々は彼を応援し、力を貸しましょう」

「私も、面倒を見るくらいなら……」

「俺も見習いですけど、教えることぐらいできますよ!」


 一人の答えを皮切りに、次々に声が上がる。

 姫は頃合いを見計らい、にこやかに言う。

「皆様。ありがとう。このような人たちに守られているなんて、私は幸せものです!」

 最後にとびきりの笑顔を忘れずに。

 騎士たちの頬に朱がさした。

 お父様である国王から教わった、人の心を掴む方法だ。

 こちらから相手を好きになって、感謝を伝える。

 単純だが、人は自分のことが好きな人を嫌いになれない。

 姫から言い含めておけば、『私の騎士』への嫉妬や悪意を減らせるのだ。

「私の騎士、また後で」

 去り際に、私の騎士に囁く。

 望んだ状況になったところで、姫はその場をあとにした。

 

「私の騎士。改めておめでとうございます!」

 史上最年少で騎士に叙任。

 それに従い、叙任式後に騎士隊長の屋敷でパーティーが開かれた。

 身内中でのパーティーなので、ここには姫、少年、国王、騎士隊長しかいない。部屋の外に使用人と護衛の騎士たちがいるが、概ね身内といっていいだろう。

「倅はもう騎士だ! 可愛がる時間もなかったな!」

「わずか十歳だからな。仕方もない。そんなに飲むな。酒で潰れるぞ」

 国王が騎士隊長を宥めている。

 姫は、無理矢理上座に座らせられて考え事をしている『将来の騎士』改め、『私の騎士』を見つめる。

 彼の父親である騎士隊長に声をかけた。

「私の騎士は、普段何をしているのですか?」

「んっ? 倅はだいたい剣を振っているな。あとは走ったり、組手をしたり、戦術や騎士の心構えについて勉強したりといったところか」

「なるほど。頑張っているのですね」

 身長が伸び、引き締まった筋肉と鍛錬の傷が目立つ体は、常に己を鍛え上げている何よりの証拠である。

 姫からすれば、彼は本を読んでいるイメージが強い。それは姫が来ると訓練を切り上げて一緒に遊ぶからだ。と騎士隊長は言う。

「普段は時間を見つけては鍛錬に励んで、夜は本を読んでいますな。昔から、俺と一緒で英雄譚が好きで、よく語り聞かせてやったものです」

 姫の知らない話がよく出てくる。

 これだけで、姫にとっては大きな収穫だ。

 彼は、自分が普段何をしているかあまり話したがらない。

 しかし、専属騎士となった以上、これから同じ王城に住むことになるのだ。

 彼のことをよく知っておかねば。

 たまにしか遊べなかったけれど、毎日会えるようになる。

 姫は嬉しくて頬が緩む。

「王城には子供がいませんからな! 同年代がいると楽しいものでしょう!」

「余も初めての友人がこいつでな。数少ない同じ子供だったから、話が盛り上がったものだ」

「そうそう。当時の町娘が偉いべっぴんでな。彼女のことで盛り上がったな」

「妻のことか! 最終的に余が振り向かれたから、余の方がカリスマがあるということであるな!」

「体力じゃ俺に敵わないくせに!」

「時代は剣よりペンだ。賢いほうが優秀なんだよ!」

 国王と騎士隊長。いつもどおり、二人の言い合いが始まる。

 姫は知っている。こういうときは、離れていたほうがいいのです。

 暇を持て余していると、どちらのほうが優秀か問い詰められてしまうからだ。

 姫は二人から離れ、いまだ考え事をしている『 私の騎士』のもとへ行く。

「何を考えているのですか?」

「いえ、何でもありません」

 少年は考え事を切り上げる。

 騎士隊長は何かに気づいた。

 そのとき。

 

「敵襲!」


 騎士隊長が叫ぶ。

 突如響き渡る銃声。

 窓ガラスに銃痕が走り、国王に直進するライフル弾。

 騎士隊長は国王の前に立ち、王を狙う銃弾を受けた。

「ぐっ!」

「騎士隊長様!」

 騎士隊長の腹から血が流れる。

 すぐに姫を庇うべく前に出る『私の騎士』。

 騎士隊長は銃弾の入ってきた窓にテーブルを叩きつけると、大声で叫んだ。

「敵の強襲だ! 武器をもってこい!」

 騎士隊長の屋敷。使用人たちも肝が座っており、即座に行動に移す。

 騎士隊長は使用人が持ってきた槍と王家の紋章が入った騎士盾を。

 新人騎士はロングソードを持つ。

 姫は混乱で考えがまとまらず、何もできなかった。

 ものの30秒足らずで戦闘態勢が整い、伝令の兵が飛び込んでくる。

「屋敷内に武装した『エーテル信徒』を名乗る敵が侵入。警備の騎士と交戦をはじめました。すでに応援を要請しています」

「敵の人数と兵装は」

「確認できた分で百。エーテル式の装甲と機関銃を所持しています!」

「置盾と使えるものでバリケードを! 臨時の陣地を形成しろ! 応援が来るまで持ちこたえるんだ!」

「承知しました!」

 伝令に来た騎士が、急いで伝えに走る。

 その姿を見送ったあと、騎士の二人が話し合う。

「父上。これは計画的な犯行です」

「だろうな。王と姫から離れるわけにはいかない。俺は前線に行く。お前が守れ。できるな?」

「私も騎士の端くれです。命に代えても守りきります」

「よし! 頼んだぞ!」

 騎士隊長が部屋を出ていこうとした。

「そなたは誠の忠臣だ。必ず生きて戻ってきなさい」

 国王が一言かけた。

「いつもどおり、凱旋してきますよ」

 騎士隊長は、振り返らずに部屋を駆け出ていった。

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