第5話 潜入、魔王城!

 勇者はずぶ濡れになりながら、地下水路を歩いていた。

「寒い」

 魔族に見つからないように水堀に入り、水路を塞ぐ鉄格子は剣で外した。

 寒い春先の夜中である。濡れていることと、地下水路が冷たいコンクリートで出来ていることが相まって、ひどく体温を奪われていた。

 イレギュラーがあったものの、作戦どおりと呼べる。元々の計画では、夜明け頃にここに侵入する予定だったのだから。

 思ったよりも水がきれいだったのが幸いだ。

 防水袋に入れていたランタンを取り出し、マッチで火を付ける。

 自動ランタンを使いたいところだが、エーテルを使えなくする結界があるため旧式に頼らざるを得ない。

 暗がりに、若干の明かりが差した。

 空間の輪郭が浮かび上がり、影ができる。

「明日の朝、進むとしよう」

 ロープを張って、濡れた服を絞ってかける。

 大きな布にくるまり、口元に水筒を傾けた。体を洗い流したい衝動に駆られたが堪える。飲料水にも限りがある。

 剣をメンテナンスしつつ、思考に耽る。

 考えれば考えるほど暗い気持ちが伝ってくる。

「あの力、どうしたものか」

 先程見た魔王の力。

 城を直し、死者を蘇らせた。それだけの力ではないだろう。攻撃に転化したら、世界征服の宣言どおり、国家転覆も不可能ではないだろう。

 およそ生物の範疇に収まるものが扱える力ではない。

 考えつく対策は希望的観測のものばかり。

 夜はまたたく間に過ぎていった。


 翌日。早朝の澄んだ空気を吸い込みながら、水路を進んでいた。

 生乾きの軍服がひんやりと肌に引っ付く。

 不快ではあるが、本調子でないことには慣れている。

 しばらく歩いたあと、滝のような音と、規則的な甲高い音が聞こえてきた。

 音のする方に向かうと、空間が開けた。天井は非常に高く、奥は暗闇になって見えない。

 部屋の中央には勇者の背よりも高い水車があり、歯車のように複数のものが噛み合っている。

 まるで水車の塔だ。

 地下水路を流れる水を汲み上げ、上へ上へと、天井の奥に運んでいく仕組みになっているらしい。

「このような状況でなければ、見ていて面白いものであったのだがな」

 エーテルによる便利な科学技術が発展した現代において、水車といった旧式のものは珍しい。物によっては、レトロマニアに高値で取引されることもあるという。

 こういった旧式のものを使っているということは、科学技術を封じる結界というのは魔王軍にも有効なのかもしれない。

 そういえば、爆撃機への迎撃に火薬を用いた火砲を使用していたか。

 観察するのもほどほどに、水車の外縁の突起に足をかける。

 水車の回転に合わせ、体が上方へと運ばれていく。

 次の水車と噛み合うところで、更に上方へと上がる一回り小さな水車に乗り換える。

 常人であれば、落ちたら死は確実な高さだ。

 体がこわばる。

 頂上につくまで、何回か乗り換える必要がある。

 数回乗り換えたとき、ガコンと揺れた。老朽化しているようには見えないが、人が乗ることを想定して作られていない。

 肝を冷やすが、水車にはひびや破損は見られない。見た目通り頑丈にできているようだ。

 しかし、勇者は失念していた。

 水車に最も負荷がかかるのは、回転の中心にある軸である。

 ミシミシと不穏な音がする。

 素早く音に振り向くと、軸が今にも折れそうではないか!


「ふぬっ!」


 勇者は跳躍しようと、足に渾身の力を込めた。

 直後、乗っていた水車が沈んだように思えた。軸が完全に折れ、重力に従って落下を始める。勢いで破片が勇者の足をかすめる。ズボンの裾が裂かれた。

 鈍重な風切り音を発しながら落ちていく。

 勇者はなんとか向かいの水車にしがみついた。

 しかし、勇者の不運は終わらない。

 必死にしがみついた水車から、嫌な音がするではないか。

 勇者は凍りついた。この体勢では、もう一度飛び移る前に落ちてしまう。

 それでも何かないかと見渡して気づく。

 水車は上のものほど小さくなっている。

 当然だ。高いところにあるものほど位置エネルギーを持つため、軸に負荷がかからないように重量を軽くしなければならないのだから。

 しがみついていた水車の軸が折れ、勇者はどうしようもなく落ちていく――その直前。


 剣を抜いて、水車の半分を切り飛ばした。

 

 切り落とした部分が落ちていく。切り落とした部分と引き換えに、いまだ軸とつながっている部分は安定を取り戻した。

 やったことは単純だ。人がぶら下がって重量が増えるのであれば、増えた重量分を減らせばいい。

 切り飛ばした部分が落ちていき、地面に衝突したのであろう。下から水を打つ爆音が響いた。

 次の水車も半分を切り飛ばして乗り移る。

 水車の終点に到達した。

 近くにあった足場に飛び乗る。点検用の足場だろう。

 金属製で格子状の足場からは底が見えない。高所恐怖症でなくとも怖いに違いない。

 一度まぶたを力いっぱい閉じて開ける。落ちないように気を引き締めた。

 水車が回り瀑声が響く。

 道順に進むと、はしごがあった。

 はしごを登って、出口から頭を出す。


「なにか落ちる音がしなかったか?」


 急いで首を引っ込める。

 どこか狭い部屋の床下点検口のようだ。


「確かにしたな。水の組み上げ設備になにかあったのかもしれない」

「こういうときって、確認したほうがいいのかな?」

「いや、しなくていいだろ。俺達じゃどうにもできないだろうし、上に報告して終わりだ」

「ほっ。よかった~~。働かなくていいに越したことはないからねえ。もうすぐお昼ごはんの時間だし、行こ」

 

 扉が閉まる音がする。

 恐る恐るハッチを開けてみると、誰もいなかった。

 警戒しつつ体を出す。

 太いパイプとタンクがある部屋だった。

 濾過設備であると見当をつける。地下水路から汲み上げた水を、ここで飲み水にしているのだろう。

 浄水室を出ても、ひとっこひとりいない。

 昨晩の爆撃機による突撃が尾を引いているのだろう。

 警戒して外の警備に人員を割いていて、内部の警備が手薄になっている。

 いい匂いがする。

 そろそろ朝食の時間だ。

 ただでさえ少ない内部警備が、更に少なくなっている。もともと、王国内の魔族は多くない。魔王軍も、軍としては小規模だ。

 城の広さを考えると、土地あたりの魔族の密度は低いはず。ましてや、今の状況ではなおさらだ。

 人がいないうちに廊下を進む。

「姫はどこであろうか?」

 隔離されていることは分かる。

 逃げられないで、もし逃げられたとしても外に出るまでに捕えられるような場所。

「地下牢か、天守閣か、ほかに隔離された場所があるか……」

 行きやすいところから、虱潰しに行くしかないか。

 あまり動き回っては、発見されるリスクがあるが仕方ない。


「姫様に配食をもっていけ」

「了解っす。どこに行けばいいんすか?」


 向かいから聞こえてきた声に立ち止まる。

 周囲を見渡す。

 隠れられる物や部屋がない。

「最上階の王の間、そこにある玉座の後ろにある部屋だ」

「玉座の後ろ? ずいぶん変なところですね。何をするんですか?」

「分からん。魔王様と一部の研究者しか入れない場所だ」

「へぇ〜。魔王様のことだから、俺たちの目的に必要なことなんでしょうけど!」

「それは間違いない。我らの魔王様は、偉大な方であるからな!」

 談笑する二人の異形の人形は、廊下を通り過ぎていった。




「んっ? いま誰かいたような……」

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