第11話 浴室のリズとキャス
首筋に巻き付いている腕の感触、背中に感じるやわらかい感触。
見なくても分かる。
この館にいる男は僕ひとり。他には7人のメイドがいる。
20分ほど前、あるメイドが言っていた。お風呂のお湯、熱過ぎるよ……と。
そしてそのメイドはお湯の温度がちょうど良くなるまでの時間、
風呂場を綺麗にして待つと言っていた。
おかげで今、風呂場は清潔だ。湯加減はちょい熱ではあるけれど。
あるメイドというのは、脱いだらすごい、リズ。
兎に角、このどうしようもなくやわらかい感触は、リズに違いない。
大胆にも、主人であるこの僕の背中に抱きついている。
その格好は、恐らく全裸。だってここは浴室だし、湯船の中だし。
リズは全裸になりたくって、風呂場の掃除を買って出たという節がある。
ま、まずい。これはまずい。
もし今、全裸のリズを直視してしまったら、僕はどうなってしまうのだろう。
も、もう、我慢の限界だ。
あとほんのちょっとの刺激で、僕の下半身は大爆発をおこすだろう。
入居した初日にそんなことになるなんて、恥ずかし過ぎる。
興奮のためか、身体のあちこちが固くなっている。
だから僕は、抱きついているのが誰なのか、見て確かめることができない。
確かめたら最後、僕の身体はさらに固くなるだろう!
と、背中から乱れた息遣いが聞こえる。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」
そのリズムはとても速い。興奮しているのは、リズも一緒というわけか。
だったら、退いてくれればいいのに。なんだって抱きついてなんかくるんだ。
まさか、リズは僕のことが……。
全身を強張らせて緊張していると、脱衣所に人影。
若い女性のはなし声が聞こえてくる。
「いやぁーっ。思ったよりも早く終わったわねっ!」
キャスの声? 誰とはなしているんだろう。
「うんうん。もうそろ、お湯加減もよくなるころだね」
あれ、リズの声? リズが2人? そんなバカな……。
「それにしても、フローバは相変わらず綺麗好きだね!」
「ちょい熱が好きなのも、相変わらずだよね」
フローバ? 綺麗好き? ちょい熱? 誰のこと?
ふと、首筋に巻き付いている腕を見る。真っ白で細くて毛むくじゃらで……。
えっ? 毛むくじゃら?
見てはいけないものを見てしまったような気分だ。リズの裸じゃない。
背中から僕に抱きついているモノ、フローバの腕。
そこで僕の思考は一時停止する。
脱衣所からはリズとキャスのはなし声が相変わらず聞こえてくるし、
するするするっという、衣服を脱ぐ音までする。
僕はそれを聞き流すだけで何も思考できない状態だ。
浴室に僕がいるのをさりげなく伝えるという高等テクニックは全く使えない。
このままでは、2人が全裸で入ってきてしまうというのに……。
「バウッ バウッ!」
というフローバの声も聞こえる。直後、僕の耳がぺろりとなめられる。
くすぐったさよりも、気味悪さが先に立つ。
それでフローバの正体に気付き、思わず叫んでしまう。
「ギッ、ギャーッ!」
浴室と脱衣所を隔てていた扉が勢いよく開き、2人が浴室に入ってくる。
「だっ、だれ? なにごと!」
一糸纏わぬリズは、やっぱりすごい。
肌の白さの意味が、フローバのそれとは全く違うのだ。
「ギッ、ギャーッ!」
と、思わず2度目の叫びを披露してしまう。
リズの目が僕の全身を舐めまわすように観察している。
リズが全裸だというだけでいっぱいいっぱいなのに、
自分も全裸だと思うと、数倍恥ずかしい。
一緒にいたキャスが、面白いおもちゃを見つけた子供のようにニヤリと笑う。
キャスにはそこはかとない恐怖感を覚える。恥ずかしいやら、怖いやら……。
「ご主人様も、やっぱり全裸が好きなんですねーっ」
これ以上にないほどに目を輝かせるリズ。
僕は別に、リズの全裸仲間ではないのに。
「リズ、ここは浴室だよ。全裸なのは当たり前じゃん!」
キャスの言う通りだ。
ただし、浴室に男女が一緒というのはいいことじゃない。
「でも、フローバったらご主人様に抱きついて、ずるいわ」
「リズ、フローバは犬よ、犬。嫉妬してどうするの!」
キャスの言う通りだ。
ニヤリとしてたときは恐怖感を覚えた僕だけど、
こうしてキャスの言うことを聞くと、常識的ないいヤツだ。
「でもでも、リズもご主人様の背中に抱きつきたいよ」
「リズ、君はメイドなんだ。ご主人様の背中は流して差し上げるものだよ」
キャスの言う通りだ。
メイドが主人の背中を流すのだったら、公序良俗に反しない。
リズを直視しなくて済むし、とてもいい提案だ。
僕はキャスの提案に乗ることにした。
リズとキャスには大きめタオルを纏わせることにした。
そのときキャスはついでに僕用の小さめタオルを持ってくる。
無論、腰に巻くためのものだ。
ギリギリまでは全裸だったリズだけど、
浴室に戻ってから渋々といった表情で大きめタオルを纏う。
こうなってしまえば、リズは普通のあどけない少女に過ぎない。
「でもでもでも、リズは本当はご主人様の背中に抱きつきたいのに」
「リズ、ご主人様の背中にまわってしまえば、あとは好き放題だよ!」
キャスの言う通り……じゃ、なーいっ!
「そんなのダメだーっ!」
と、僕は立ち上がる。
僕用の小さめタオルはまだ、キャスが持っているというのに。
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