第10話 手紙
父王からの親書は、くだけた言葉で書かれていた。その割には内容がきつい。
『 大好きなトールちゃんへ
西の館はとても重要な施設だよ。倒壊させたりしたら死刑だよ。
メイドたちを上手に扱き使って、しっかり御護りしてね。
そうすれば、真の王様になれるかもしれないよ! がんばってね。
ダイスロープ王国国王
リュータ8世 』
なんてことだ! 倒壊させたら死刑だなんて、リスクが大きい。
西の館は石造の重厚な建物。簡単には倒れまい。
とはいえ、リサズタックルのような暴風や落雷には弱い。
それを御護りするのは大変なことだ。
だが、しっかり護れば真の王様になれる。
西の館は初代国王が誕生した場所と伝えられている建物。歴史がある。
今は無爵位な僕でも、王となればその手腕を存分に発揮できる。
はっきり言って、腕が鳴る!
ハイリスク・ハイリターン。
これが大陸七雄の中で最も人使いに長けているといわれる父王のやり方だ。
僕は改めて気を引き締めたのち、身を震わせた。
絶対に国王になってみせる! そう心に誓った。
手紙には、6枚の書類が同封されている。
シャル・エミー・キャス・リズ・キュア・ミアの履歴書だ。
次いで、母さんからの親書に目を通す。
なんとも短い。たったの2文しかない。
『 トール王子殿へ
アイラや他のメイドたちをよろしく、ね!
あと、死なないで、ね! 母より 』
アイラの履歴書が同封されている。
履歴書を僕に送ってくるということは、今日からは僕がアイラの主人。
これでまたアイラの紅茶が飲める。アイラとおしゃべりできる。
僕の日常はとても輝くことだろう。とてもうれしい。
僕は無爵位。騎士団を組織することは許されていない。
その代わりに、7人のメイドがいてくれる。心強い味方だ。
ただし、アイラを除けば世間からは底辺メイドと呼ばれるポンコツばかり。
エミーは説明が下手だし、リズは普通だし、キャスはよく分からない。
ツインテールツインズ・キュアミアは料理下手だし、シャルはお寝坊さん。
まだ出会って1時間もしていないのに、悪いところがたくさん目に付く。
この面子で大丈夫なのかと、先が思いやられる。
だけど、僕には6人がただの底辺メイドとは思えない。
エミーは天気が分かるし、リズは脱いだらすごいし、キャスは人懐っこい。
キュアミアのことはよく分からないけど、シャルはペカリンを簡単に手懐けた。
6人の底辺メイドが秘めた大きな能力を垣間見た気がする。
少なくとも、今の僕にとっては数少ない味方だ。
メイド達を大切にしてやらないといけない。
アイラが僕にはなしかけてくる。
「トール様、王妃様のお手紙にはなんと書かれておりましたか?」
真剣な目で僕を見るアイラ。
吸い込まれてしまいそうだ。と言うより、吸い込まれたい。
「アイラ。今日からよろしく頼むよ!」
「はい。何かございましたら直ぐに駆けつけます!」
異動のことは母さんからは知らされていないようだ。
それでいて、いつでも僕の味方だと表明してくれる。
とても頼もしいし、何よりもうれしい。
「そうじゃないんだ。手紙の内容!」
「トール様、焦らさないでください。早く教えてくださいまし」
ほっぺをぷくっとさせるアイラ。人差し指でつっつきたい衝動が僕を襲う。
主従関係になるんだから、それくらいはしてもいいのかもしれない。
だけど、僕はそんなことしない。アイラがそれを望んでいれば別だけど。
母さん付きから僕付きに変わることをよろこんでくれる確証はまだない。
だから、かしこまってその事実を告げた。
「アイラ、君は今日からは僕付きのメイドになるんだ!」
「本当でございますか? トール様! トールご主人様!」
よろこぶアイラ。主従関係になりたかったのは、アイラも同じだったようだ。
ホッと胸を撫で下ろす。
ふと、空を見上げる。リサズタックルはいつのまにか去っている。
風は止み、雲は散り、光り輝く太陽が目に入る。
遠くに見える海の水面はキラキラだ。
これからはじまる西の館での生活、何だかいいことが起こりそうだ。
「アイラ、直ぐに風呂に入って濡れた身体を温めるといい」
「そんなことできません。トールご主人様が先にお入りください」
慌ててかしこまるアイラ。
一緒にどう? と、言いたいところだが……。
僕とアイラの間には、身分の違いという大きなものが立ちはだかっている。
「じゃあ、遠慮なく先にいただくよ!」
東の扉を開ける。
目に飛び込んできたのは、泥だらけでいろいろなゴミが散らばっている廊下。
リサズタックルのすさまじさを物語っている。建物に被害がないか心配だ。
脚を滑らせないよう気を付けて西側まで歩く。
そこに風呂場があることはエミーに案内されて知っている。
そこが今どういう状況か、僕はすっかり忘れていた。
脱衣所で服を脱ぎ、浴室に入る。ものすごい蒸気が室内に漂っている。
大人10人以上が同時に入れる広さらしいが、湯煙のせいで視界はほぼゼロ。
ときどき聞こえる高い水音を頼りに湯船を見つける。湯加減は抜群だ!
そして肩まで浸かろうと、ゆっくり脚を曲げ終えたとき……。
背中にやわらかいものが当たり、首筋には華奢な腕が巻き付いてくる。
こっ、この華奢な腕が誰のかって? それはもう、間違いない!
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