第12話 『ふっ』

 立ち上がった僕はもちろん全裸だ、モロ出しだ。

失敗した。先に小さめタオルを受け取っておくべきだった。

不可抗力とはいえ、とんでもないものを2人に見せてしまった。


「あれれーっ、ご主人様ったら……ふっ」

 何、最後の『ふっ』って、何? やっぱり僕のって、小さいの? 短いの?

脱いだらすごいリズに言われると、心の底から傷付くよ。


「ご主人様ったら結構大胆! そんなナニ、じゃない、ナリで……ふっ」

 ナニって、何? 美味しいの? 豚の腸詰じゃないのはたしかだけど。

冷静に面白いモノを見つけ出すキャスだけど、こんなの面白くもなんともない。


「いっ、いいからキャス。小さめタオルを!」

 僕が慌てて言い放つと、キャスは至って冷静に動揺を装う。


「ま、巻けと仰るのですね……」

 ちっ、ちがーう! 自分で巻くから。大変じゃないし、小さいから……。

って、もう死にたい。涙がちょちょぎれる。




 浴室に別のメイドが入ってくる。ツインテールツインズ・キュアミアだ。


「ご主人様ーっ。新メニューを開発しましたーっ……ふっ」

「しょっぱいチキンライスを甘めのオムレツで包んで見たんですーっ……ふっ」

 も、もう、許してーっ!

そんな僕のささやかな願いが、聞き入れられるはずがない。




 僕が急に立ち上がったあおりを喰らったのがフローバ。

ひっくり返って水没していたが、自力で這い上がり遠吠えする。

誰かを呼んでいるようだ。


「ウォーン、ウォーン」

 なんとも悲しげだ。

それを聞いて浴室にメイドが入ってくる。ペカリンを簡単に手懐けたシャルだ。

フローバの前で仁王立ちする姿はとても凛々しい。まるで紅顔の美……ん?


 美少年?


 そうか! シャルは男なのかもしれない。

メイドだからって髪が長いからって、女だって決めつけるのは間違いだ!

父王は男女平等政策を布いて、国を大きく発展させている。

現近衛隊長も女だし、反対にシャルが男という線もあり得る。


 シャルはフローバの前にしゃがみ込み、その頭を撫でる。手馴れている。


「どうしたんだい、フローバ。そんなに悲しいのかい」

「ウォーン、ウォーン」

 シャルはペカリンのときとはちょっと違って、人間の言葉を使っている。

フローバには人間の言葉が通じるのかもしれない。


「そんなにびしょ濡れじゃ、風邪をひいてしまうよ。私が拭いてあげよう」

「ウォーン、ウォーン」

 シャルはおもむろに服を脱ぎはじめる。

これで、シャルが男か女か、はっきりする!


 さぁ、どっちだ?


 シャルは僕なんかにはお構いなしに脱いだ服でフローバの身体を拭う。

自分の着ていた服で犬の身体を拭うだなんて、シャルは優しい人のようだ。

しかも、とても手際がいい。こっちまで清々しい気持ちになる。

いつまでも見ていたい気分だ。


 シャルが女でなければ……胸をしっかり隠しててくれれば……。




 フローバの身体が乾くのに、それほどの時間はかからなかった。


「お待たせ、フローバ。これで風邪をひくことはあるまい」

「ワンワン! ワンワンワンワン!」

 フローバはご機嫌そうだ。何て言ってるんだろうか。


「えっ、そんなことをしたいのかい? 君は本当にご主人様想い……」

 言いながら、僕の方を見るシャル。

にこやかな表情が、徐々に曇っていき、最後には少し目線を下げて……。


「……なんだな……ふっ」

 笑った! 僕を見て笑った。

そういえば僕、まだタオルをキャスから受け取っていなかった。


 続けてエミーが入ってくる。手には着替えを携えている。

終始シャルを見ていることから、シャルのものだと分かる。

見た感じ、かなりガーリーな服だ。ふりふりのレースが印象的。

シャルが最初からアレを着ていてくれれば、変な勘違いをしなくて済んだのに。


「あー、シャル。やっぱりココ。着替え置いとく」

「うん、ありがとう。だがもう少し後でもいい」

 シャルは言いながら、リズやキャスと同じ格好になる。


「えーっ、シャルちゃん、風呂入るの?」

 えっ、そ、そうなの?


「もちろんだよ、リズ。その方が経済的だろう」

 たしかに、続けて入れば湯を沸かし直す必要がないから経済的ではある。

この西の館は有事には兵士の詰所として使われる。

だから、100人入っても大丈夫! とても広い。

 

「それもそうね。ミア、私たちも入ろう!」

「うんうんっ! あったまろうね!」

 キュアとミアの行動は素早いが、子供っぽい。

瞬く間に衣服を脱ぎ捨て、身体も洗わずに湯船にドボン、ドボンと入る。


「あぁっ、ずるーい。リズも入る!」

 3度目のドボンのあとは、シャルとキャスが静かに湯船にインした。

 そのときになって、エミーと目があった。


「あー、無爵位の………………ふっ」

 長めの沈黙のあと、結局は『ふっ』が待っていた。




 浴室の外でアイラの声が近付いてくる。


「ねぇ、エミー。もうお風呂いただいてもいいのかしら」

「あー、いいと思う」

 なっ、なんでやねん。まだここに僕がいるっていうのに!

不可抗力で6人の底辺メイドたちに裸を見られた僕だけど、

アイラにだけは見せたくはない! 見られたくない!


「あれ? 服を着たままなの? エミーも一緒に脱ぎましょうよ!」

「あー、そうする」

 冗談じゃない! お互い全裸でアイラと鉢合わせなんて!

それは絶対に嫌だ。アイラには絶対に見られたくない。


 なんとかしなきゃ、なんとかしなきゃ、なんとかしなきゃーっ。

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