第2話 第1底辺メイドの言ってることが分からない
主人が来るというのに玄関の扉を閉ざしているなんて、
底辺メイドは聞きしに勝る仕事のできなさぶりだ。
こんな輩と一緒に暮らすことになるなんて、あんまりだ。
いっそのこと、西の館なんか初夏の大嵐で倒壊してくれればいいのに。
初夏の大嵐——通称、リサズタックル——
年に1度この地方に吹く季節風で、30分ほどで通り過ぎる暴風雨だ。
リサ様という女神信仰と一体化してこの名で呼ばれている。
普段は温厚で仕事のできる豊穣の女神だが、怒ると怖いことでも有名。
東の扉まで案内してくれた底辺メイドは、名をエミーという。
引き続き館の内部も案内してくれた。
1階の廊下を歩く。エントランスホールや食堂、チャペルがある。
エントランスは全ての窓が閉じられていて、中が暗くて全く見えない。
食堂とチャペルは全部の窓が開いていて明るいが、殺風景で埃っぽい。
食堂は兎に角、チャペルが埃だらけなのは黙っていられない。
「君たちは、毎朝の礼拝をしないのか?」
「あー、しますよ。礼拝は欠かしたことがありません」
「チャペルがこんなに埃だらけなのに⁉︎」
「あー、礼拝はみんなで麓の修道院へ行ってます」
本格的だ! たしかに館内のチャペルは本来、戦争などの非常時用。
片道30分かかる修道院に毎朝足を運んでいるんだったら文句は言えない。
廊下の途中。エミーが立ち止まる。僕も足を止める。
「あー、この先はお風呂です。こっちの階段を登ります」
お風呂方面は雨戸が閉じられていて、妙に暗い。階段は窓が全開で明るい。
言われるがままに階段を登る。
疑問がある。エミーにはこの時間にするべき本来の仕事があるはずだ。
僕を案内するために玄関の前で待っていたわけではあるまい。
ひょっとすると、仕事をサボる口実に僕を案内しているのだろうか。
あまい。あまいな、エミー。そんな企み、このトール様はお見通しだ!
「エミー。案内はもういいから仕事に戻りなさい」
「あー、あとでちゃんとしますよーっ!」
何だって? メイドの仕事は重労働。
朝から晩まではたらくのが相場。それなのに、あとまわしにするだなんて!
底辺メイドは仕事ができないんじゃなくって、サボり癖があるのだろうか。
エミーが涼しい顔で続ける。
「あー、2階はほとんど吹き抜けですから、3階を案内しますね」
言われるがままに3階へ行く。途中、外から雨戸を見たことを思い出す。
「3・4階って、使ってるの? 雨戸は閉じてたけど」
「あー、使ってるから、雨戸を閉じているんですよ」
意味が分からない。もう少し真面目に説明してほしい。
仕事のできない底辺メイドのエミーには無理かもしれないけど。
3階を歩く。階段付近には光が差し込んでいるが、廊下は真っ暗だ。
エミーはろうそくに火を点けると、ゆっくりと歩き出す。
1本分の明るさでは、どんな状態かははっきりしない。
どうせ埃っぽいに決まってるけど。
「あー、手前からシャル、私、キャス、リズ、空き、キュア、ミアです」
個室だと? 底辺メイドのくせに生意気な!
メイドは普通、大部屋で暮らすもの。贅沢を許すわけにはいかない。
着いて早々ってのは大人げないから、落ち着いたら部屋を移すと決める。
東端から4階へ登る。3階同様に階段付近以外は暗くてよく分からない。
「あー、ご主人様の部屋は真ん中以外なら、どちらにしてもいいです」
「どこでもいいが、埃っぽいのだけは御免だ!」
「あー、それは大丈夫だと思いますよ。手入れしてますから」
「期待はしていないからな」
埃っぽいチャペルを見ているから、余計にそう思う。
僕はひとり、西の階段を降りる。
「あー、ご主人様、どちらへ?」
「決まってるだろう。チャペルだよ」
チャペルへ行って手に埃をつけて『これはどういうことだ!』をやる。
本来は姑が嫁いびりでやることだけど、主人とメイドに当てはめても成立する。
息巻く僕に、エミーが付き従う。
「あー、ご主人様、やめた方がよろしいかと……」
エミーは僕を止めようと必死で、直ぐ横に並んできた。
横目に見るエミーの胸は、それはそれは大きい。つい、2度見してしまう。
だが、敢えて言う。仕事のできない底辺メイドに存在価値はない。
早くチャペルへ行って『これはどういうことだ!』を決めてやる!
思いもよらぬ断罪に、エミーの顔も少しは歪むことだろう。
「やめるもんか。チャペルの視察もここを守る僕の仕事だ!」
「あー、困りました。ここの方が安全ですのに」
安全? 僕がチャペルへ行くと断罪されて危険。
僕がここにいればバレないから安全ということか。
なればこそ、一刻も早く断罪してやる!
そう思って速度を上げた僕だけど、2階と3階の間の踊り場で、
窓の外の異変に気付き、立ち止まる。真っ暗だ! ひと雨来そうな気配。
「あー、せめて階段の雨戸を閉めさせてください」
エミーは言うなり素速く行動する。これまでのゆっくりした動作が嘘のよう。
今迄の3倍、いや、5倍以上の速さで階段の窓に雨戸を閉めてまわる。
遠く東の階段からも雨戸を閉める音が館内にこだまする。
そして、エミーが雨戸を閉め切り、戻ってきた瞬間。
ゴーッという風の通る音がした。次いで大粒の雨が雨戸を叩く!
リサズタックルがはじまったようだ。
「あー、こうした方が、建物が壊れないんですよ」
エミーは相変わらず、わけの分からないことを言う。
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