西の館の第3王子は底辺メイドの履歴書を整理する
世界三大〇〇
第1話 第3王子、西の館を賜る
東暦1192年、5月10日。
大陸七雄の中では最も東に位置するダイスロープ王国。
その首都ミナーミにあるハーカルス大宮殿の本館。
誰もが目を奪われ溜息せずにはいられない、豪華絢爛な謁見の間。
15歳になった僕は、加冠の儀を迎えた。
父王からご祝儀を賜ることになっている。
爵位か、領地か、豪華な品か、今から楽しみだ。
「リュータ8世で、あーる。丞相よ、祝儀の目録を読み上げよ」
「ははーっ」
いつもは威張っている丞相も、父王の前ではへりくだる。
縦にロールされた紙をかしこまって広げ、読み上げる。
「トール第3王子には……に、に、に、西の館を授ける、とのことーっ」
「ははーっ。ありがたく頂戴いたします」
とは言ったものの、丞相でさえ言い淀んでしまう西の館。
参列していた貴族たちも騒然としている。
西の館——
重厚な石造りで、その昔、初代国王が産声をあげたという由緒正しき建物。
だが、今となっては廃墟も同然、物置以下のおんぼろ館。
底辺メイドが棲みつく訳あり物件だ。
もっとマシなものをもらえると思っていただけに、残念でならない。
自室に戻り、紅茶を飲む。アイラが淹れてくれる紅茶は、実に美味い。
さすがは王妃である母付きの頂点メイドだ。
そんな紅茶を飲めるのも今日が最後かと思うと、さみしさで泣けてくる。
「元気を出してくださいまし、トール様」
アイラは気の利く、優しいメイドだ。ポニーテールの元気っ子でもある。
僕とは同い年でありながら仕事ができて、何度も母に誉められている。
僕も昔から色々な悩みごとを打ち明け、励ましてもらうこともしばしば。
それも、今日が最後かもしれない。
「アイラ、今までありがとう。西の館だなんて、本当は僕、くやしいんだ」
つい、本音を漏らす僕。
アイラはにこりと笑い、今まで通り僕を励ます。
「西の館は由緒正しい館です。トール様にしかお守りすることができません」
晴天の霹靂だ。そんなふうには全く考えていなかった。
おんぼろではあるが、王室にとってなくてはならない館であることも事実。
西の館は僕にしか守れない。アイラの言葉は力強い。
「そうだね、アイラ。僕、しっかり西の館を守るよ!」
「はいっ、その息です。それでこそトール様。明日は早くに出発なさりませ」
アイラの笑顔。これももう直ぐ見納めとなる。
僕としては、少しでも長くここにいたい。
「でも、荷物の整理ができていないんだ」
「そのようなこと、この私にお任せください! お届けにうかがいます」
至れり尽くせりだ。仕事のできるメイドはいい!
それに、西の館でもアイラの顔を見れるのはうれしい。
「うん。じゃあ、お願いするよ、アイラ」
「かしこまりました。トール様は一刻も早くご出発を!」
こうして僕は、アイラに励まされてやる気になっていた。
翌日。
朝食を済ませた僕は、手ぶらで西の館へ向かう。
意気揚々と歩く僕の頬を風が撫でる。初夏だというのにちょっと冷たい。
西の館に着くと溜息を吐かずにいられない。
うわさに違わぬおんぼろぶりに唖然としてしまう。
東側にある1本の木が妙に繁っているのが気になる。
雨宿りするにはちょうどよさそうではあるが。
館の1階入口付近と西側、3・4階の窓全ての雨戸が閉じている。
古いとはいえ、人が管理している現役の建物とは思えない。
仕事のできない底辺メイドが棲みついているだけはある。
ふとアイラのことを思い出し、さみしくなる。
そんな感傷に浸っている暇はない。今日からこの館をしっかり守ると決めた。
僕は堂々と、正面玄関の前に立ち、大きな木製扉に手をかける。
思いっきり引いてみるが、開かない。
なんてことだ、おんぼろ過ぎる!
扉が満足に開きもしないだなんて。
先が思いやられる。
体勢を立て直してもう1度引こうとしたとき、涼しげな女性の声を聞いた。
「あー、そこは今、開きませんよ」
声のする方を見ると、メイド服を着た少女がいた。第1底辺メイドだ!
栗色の髪は長くて、大きな胸に巻き付くように内側にカーブしている。
仕事のできない底辺メイドも、見た目だけは1級品!
今日の僕にはそれが腹立たしい。
かわいければいいと思うな! メイドは仕事ができてなんぼのもんだ!
僕はあえてぶっきらぼうに言う。
「はっ? 開かないだって? 主人であるこの僕が来たというのに?」
「あー、誰かと思ったら新しいご主人様でしたか」
全く物怖じしない態度だ。少しはかしこまったり、慌てたりしろよ!
底辺メイドには伝わらないと思うが、威厳ある父王のモノマネで威張ってみる。
「いかにも、第3王子のトールで、あーる!」
その反応は……。
「あー、無爵位のトール王子様ですね。東の扉が開きますよ」
腹立たしくも、無反応だ! 無爵位のおまけまでつけやがって。
アイラなら、ころころと笑ってくれただろうに。
真に受けられたら、僕が意味もなく威張ったみたいじゃないか。
「な、ならば、案内致せ!」
こうして僕は、東の扉から西の館の中に入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます