第29話 噂の使いた

 強い決意が乗った瞳で宣言するきらり

 熱い感情が今までの弱かった部分を燃え上がらせ、自分の強みに切り替えた姿はまさに強欲と呼ぶに相応しい答えだった。


「ふはははは。すばらしい。いいぞ、それでいい。欲は力の源だ。深ければ深いほど活力になるモンスターエナジーなのだ! 岡崎くん。君が視られる呪い、いや、チカラを自由自在に扱うことができるようになるのか、とても興味を惹かれた。実に好きなテーマだ。君の行く末を見届けさせてもらおうではないか。改めて歓迎しよう。よく来てくれた。共に異世界化計画を盛り上げていこう!」

「はい! よろしくお願いします!!」


 自らが掲げた決断を全肯定された輝の心は、今や雲ひとつない蒼天。

 透き通った青で塗られたキャンバスに、視られるチカラは何色で塗っていくのだろうか。

 理想の絵が完成する日。どんな結末を描くのか楽しみになった時渡は、彼女に様々な経験を積ませていこうと方針を定めた。


「さて」


 時渡は椅子から立ち上がり輝に近づくと、ジロジロと見ながら椅子の周りを歩き「やはりな」と何やら納得した。


「何がですか?」


 輝はもしかしたら、先程食べたケーキのクリームが口周りに付いているかもしれないと思い、手のひらで拭う動作をしながら聞き返す。


「再確認をさせてもらった。実は君の視られるチカラは今のところ私には影響がない。話を聞いている限りだと症状には個人差があるのは間違いないが、多少は感じてもおかしくないはずだ。しかし微塵も感じない。私の魔力が妖力、妖怪が使うチカラを打ち消しているのか、はたまた違うなにかが……うーん」


 歩きながら考える時渡。しかしすぐにアイディアが浮かんだようで敷童に指示を出す。


「もしかしたらさっちゃんの影響力かもしれない。一度ホテルに戻ってくれるか?」

「ん、分かった」


 そう言うと敷童は椅子の魔法陣を使い姿を消した。

 するとどうだろう。かすかだがたしかにとしたハートを撫でるような視線を感じ取れた。輝との距離が近ければ強くなっていくようだ。


(魅了系の魔法に近いが不思議な感覚だ。だが弱い。貰い物のチカラは所詮こんなモノなのだろう。私にはまったく脅威にならないが、いつかのために分析して対抗魔法を編み出しておくべきだな)


 見当がついた時渡はホテルに戻った敷童を召喚した後二人に話す。


「喜びたまえ。私の人生経験と知識、それと運のおかげで君の活路が開いた。どうやら視られるチカラは、近くに強い妖力を持った者がいると打ち消されるらしい。きちんと紹介していなかったが、この子、敷童幸恵はあの有名な座敷童子という妖怪だ。しかも事情により妖力がかなりパワーアップしている。だから私には効かなかったわけだ」

「なるほど……って、え!? さっちゃんってあの幸運を呼ぶと言われている座敷童子だったんですか!? そうか! そうか!! だから私にも良いことが起きてるんだ! うわーー! ありがとうございますありがとうございます! 神様仏様さっちゃん様~~~!!」


 トントン拍子でプラスの方向に進んでいく運命に納得した輝は、手を合わせ感謝の祈りを捧げだした。


「いや、ちが、それは単なる噂でわしにはそのようなチカラは――」


 しかし、実際には幸運を呼ぶことができないため、敷童は否定しようとしたところ、


「さっちゃん。噂は良い噂も悪い噂も使いようによっては武器になる。完全否定はせず、自分では分からんがそう呼ばれているのは確かだと言っておけばいい。そうすれば周囲は勝手に盛り上がり、うまい汁を吸えるのさ。それにな、予言の自己成就じこじょうじゅや哲学兵装という言葉があって、噂が積み重なると運命線が現実にさせようとするチカラが働くこともある。妖怪の生まれ方がまさにそうじゃないか。私はさっちゃんには幸運を呼ぶチカラがあると信じているよ」


 と時渡がさえぎった。

 たしかにあの人は金持ちだ、あの人は社長の愛人だ、どこどこに幽霊がでたとか噂を聞けば、見てもいないのに気にしてしまうのも事実だ。それが一人ではなく複数人から聞いたのなら信じてしまうだろう。人の噂も七十五日とあるが、根付いた知識はそうそう消えるものではない。何気ない会話の中で気泡のように浮かび上がるものだ。

 噂を逆手に取る。良い手段かもしれないと考えさせられた。


「なるほどのぉ。勉強になった」


 うなずく敷童。


「神様のお墨付きならもうそれは真実みたいなものね! さっちゃん様~~~ありがたや~~」

「む~こそばゆいの~」


 キャッキャと戯れる二人を見て、時渡は仲良くできそうだなと安心した。

 敷童は生まれゆえに友達が少ない。妖怪に掛けられている認識されない保護は、危害を加えようとすると存在があらわになっていく。

 危害とは人によって様々だ。ケガなどの物理的損傷もあれば会話による騒音もそれにあたる。

 なので妖怪が夜中に墓場で運動会をしようものなら目撃されてしまうのだ。

 人里で生活するには必要最小限に生きていかねばならない。

 敗北した妖怪の生きる術。悲しいけど、寂しいけど、追われる恐怖よりマシ。

 特別な存在は特殊な生き方をしなくてはならなかった。

 なぜ危険な人里で暮らさなければいけないのか。

 それは妖怪の糧が畏怖、恐怖、願望といった願いを食し妖力にしているからだ。

 認識されない保護と生まれ持った能力を使うには妖力を必要とする。だから上手く共存しなくては生き残れない。

 しかし今の敷童は隠れる必要がなくなった。

 5つの魂のチカラを持ち、修行でパワーアップした彼女は強い。

 狩られる心配がなくなったのなら、今までさみしい思いをしてきた分、悦楽を求めるになんの異議があろうか。

 さらなる交友と信頼関係を築かせる目的で、時渡は2人に提案をする。


「岡崎くん、いいかな?」

「はい、なんでしょう」

「君の視られるチカラは、さっちゃんが近くにいることによって、相殺されることが証明された。そこでだ。君がそのチカラを制御できるようになるまで、さっちゃんとパートナーを組み、共に暮らし共に行動してもらうというのはどうだろうか」

「えーー!? 私とさっちゃんが一緒に暮らすんですか? スゴイスゴイスゴイ! うれしい! でも親に相談しないと。あ、妖怪だから認識されない保護で大丈夫なのか」

「いや、さっちゃんは特別な存在になってね。対象外になった。私から働きかけるから家庭内で話が上がったら賛同して欲しい。そうだな……山奥にある田舎の学校が廃校になったため、ホームステイという形で受け入れてもらおう。さっちゃんもいいかな?」

「む~。父ちゃんと離れるのか~。まあわしは何十年も拠点を転々としてきたから慣れておるがのぅ。うむ分かった。輝のためじゃ」


 もっと渋るかと思った敷童だが、以外にもすんなり受け入れてくれた。

 しかしやはり寂しそうに肩を落としているところを見るに、落ち込んでいるのが分かる。

 時渡は敷童を抱き寄せると、


「岡崎くんを守れるのはさっちゃんだけだ。さっちゃんにしかできない。だから任せるよ。それに本があればすぐにこの部屋にこれる。いつでも会えるさ」

「……任されたのじゃ」


 肌のぬくもりを感じながら話した。

 離れてもこの暖かさを思い出せば、絆を再確認できるだろう。

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