第30話 台風
空を見上げれば雲の動きが早く、強風が建物と木を揺らし、落ち葉とゴミが空中で乱りに踊る。
日本に住んでいれば年に数十回と訪れる見慣れた光景がまたやってきた。
人々は雨戸を閉め、静観組は非常食を買いにスーパーに走る。道路は渋滞気味でクラクションが鳴り止まない。どうやら県外や空港に向かう車が多いようだ。
電車も遅れが出ており、いつ運休するか分からないが、そのときは確実に訪れるだろう。
それもそのはず……――
『現在、観測史上最大規模の台風が、南東から本州を横断する進路で北上しております。すでに東日本では被害が出ており、規模の大きさを物語っております。厳重に注意を払い、飛来する…………』
どのチャンネルに切り替えても台風の話題を取り上げている。
出演者は総じて渋い顔をしており、気の弱そうな女性は、この世の終わりを感じさせる絶望した顔を晒している。
今にも逃げ出したいのだろうが、人といることに安心したいのか、それとも放送局にいるほうが安全なのか、使命感なのか。
彼らは防災対策を次々に紹介していき『身の安全を』と連呼する。
不安の現況である台風は、一部の専門家によると、上陸すれば日本沈没は逃れられないと結論づけた。
その情報は国に大混乱を招く恐れがあるため、
しかし国民は過去と比較して、経験から、今回の台風がどれほどの威力か予測するに容易く、行動に移せる者は国外へと避難していった。
「くそ……!!! この国はもう終わりなのかッ!! なぜこうも私の代で大災害ばかりやってくるんだッッ!!! 地震に津波、終いには史上最大の台風だと……。なんとか復興してきたというのに、私達の努力は無駄だというのか。くっくっくっくっく……最悪な展開ばかりで笑いが出てくるよ。そうだ。こうなったら陛下に嘆願して、神道の神様に祈っていただくしかないよな。日本の神が……神様が……どうにか…………」
総理執務室で一人
能力がずば抜けて高く支持率も好調。それゆえ任期が長いため、どうしても災害国家である日本では大災害に合う可能性が高くなってしまう。
その都度国民感情を鼓舞して水準低下を抑えてきたのだが、運が尽きてしまったのか、はたまた試練なのか、人の力ではどうしようもない破滅が訪れてしまった。
災厄で最悪、不幸のドン底。本当のところ心身ともにボロボロになっており、内心では任期を継続するつもりはなかったのだが、次期総理に相応しいと期待している者に渡すタイミングではなかったので、老体に鞭打って延長した状況だった。
「歴代最長秀抜の総理と名を残すはずだったのだが、日本最後の総理とはな……。ううぅッ胃がッ」
苦しそうに胸を抑えると机から薬を出し急いで口に入れた。
「んぐ……ハァハァ」
ストレスが身体に影響が出るようになって何年経つだろうか。薬も強くなり続け数も増え、飲む行為が憂鬱とさせる。
机に肘を付き頭を抱え落ち着くのを待っていると、内線が鳴ったので受話器を取る。
「はい。……何だと!? 台風を対処できる方法が見つかっただと!? 裏は取れてるのか? ……専門家が来ていて話がしたいと。お前がそこまで推すなら聞くだけ聞くが、眉唾だったら即おかえりいただくからな。よし、通せ」
先程まで神頼みに
しばらくした後ドアがノックされ、初めに環境大臣が室内に入ってくる。二、三言葉を交わすと専門家を招き入れた。
黒色のオールバックに背は高めの男性。一目見た瞬間長年の勘が働き身を構えてしまった。
(何だこの男は……潜在能力と言うべきか、今まで会ったことがない種類のものを感じる。計り知れない――なッんだと!? タイガーマスク?)
この部屋に来た人物は男一人だけではなかった。
続けて入って来たのは男よりも大きく、筋肉質で、体格に似合う虎の仮面を被っていた。
政治家になると様々な人物と面会する場面があるため、覆面レスラーも例外ではない。しかし今この場面で来るとは予想外だったため少し驚いた。
(覆面をする必要がある人物なのかはたまたプロレスラーなのか。護衛だろうか。研究者というわけではないだろう。威圧目的か? いずれにせよ話を聞いてからだな)
総理は歓迎の態度を取り場を設けた。
☆
私は岡崎輝を引き連れ総理執務室で対談を始めている。
目的は日本に迫る驚異の大型台風の処理。そして交渉だ。
総理大臣に会える機会はなかなかないため、経験を積めると思い岡崎くんを同行させた。
虎に変身させたのは慣れさせるのと面白いからだ。岡崎くんを見てギョッとする様がとてもいい。
さすが総理といったところで、岡崎くんの姿を見ても難色を示さず笑顔で迎え入れた。立派である。
名刺交換をしたのち席に着くと早速本題に入る。
「環境大臣から話を聞きました。台風を対処できるとか。詳しく聞かせていただいてもよろしいでしょうか」
「総理は超常現象や魔法を信じますか? 又は見たことがありますか?」
「……いえ、トリックでしたらマジックショーを拝見させていただくことはありますね。現実では一度も、映画の中でしか存じません」
やんわりと、総理は非現実的だと否定する。当たり前の話だ。
国のトップとして宗教を信仰する人たちと会話をしてきたが、いずれも本物ではなかったのだから。
私からしたら、宗教よりも政治家のほうがよっぽど夢を語る魔法使いだと思っている。そんな魔法使いに本物を見せてやろう。
「そうですね。映画の中なら燃え盛る炎、凍える氷結、荒ぶる旋風、ぬかるみの大地、疾走る閃光、暗黒の雲……このような魔法が使われますよね」
私は言葉と同時に次々と魔法を披露していく。環境大臣は悦とした表情を浮かべ、総理は目を丸くして凝視していた。
「ば、そ……え……こんなことが…………ト、ト、ト、トリック」
「どうぞ触ってみてください」
私は魔法で作り出した氷や泥や雲を、動揺している総理に触れさせた。
「…………氷や泥はまだトリックで出せると思いますが、この雲は、うぅ、すごい不思議だ」
机の上にふわふわと浮かぶ雲に、総理は指を出し入れして驚いている。
「テレビでは台風のことを過小評価しておりますが、私が見るに、もし上陸すれば日本は壊滅すると読んでおります。瀬戸際対策として急ピッチで土のうを積み上げていますよね? 国外に避難してる権力者も多数いるとか。海外にも事前に救助要請をだしてませんか?」
「……そうですね。専門家の時渡様の言う通り、勢力が弱まることなく上陸したら歴史が終わるかも知れません。ですから我々は万全と対策を――」
「私が台風を無くしてみせましょう」
「なッ!?」
総理の言葉を遮り簡素に告げた。
「私が魔法でどうにかしますよ。ただしこれは交渉です。慈善でやりません。台風を消した後に対価を要求します。フッ。そんなに警戒しないでください。国にとっても有益になる交渉です。むしろプラスでしかない。受ける受けないの判断は委ねますが、状況的に考えて受けるしかないと私は思いますので、要望をお伝えします」
「――聞くだけ聞きましょう」
「指定する土地の権利。そしてその場所に、世界から出るすべての廃棄物を集めて欲しい」
「は? 埋立地でも作る気ですか? 日本をゴミの山にするおつもりですか? 日本はゴミ問題に苦しんでいるのが現状です。資源ごみは海外に輸出して減らす努力もしております。なぜ逆に輸入しなくてはならないのか理解できません。お聞かせ願いたい」
ゴミ問題。技術の発展により自然のチカラで分解できない物質が増えてしまい、大地を汚し、生きる生物を苦しめる環境破壊の一端。
また不法投棄によって生じる様々な健康被害は人体に影響を及ぼし、皮膚や呼吸器官を痛めるばかりか生まれてくる子供も五体満足とはいかない。
ゴミとしてごちゃまぜに集められたらどのような化学変化が起きるのか……公害に悩まされた日本は恐怖を知っている。受け入れられる話ではない。
「その反応は当然です。ですからひとまず先に環境大臣に実物を視察してただきました」
「総理。こちらが資料となります。これは日本の革命! いや、世界に革命が起きますよ!! 私が世界に向けてセクシーにアピールしてみせます!!」
若き政治家が興奮しながら口外禁止の判が押された資料の説明をする。総理は耳を傾けながらページをめくり字に目を走らせる。さすがというべきか理解力が早くすぐに資料を読み上げた。
「ふむ……拝読させていただきました。えー、信じがたい内容でありまして、私一人の一存ではお答えするには難しく、副総理も同席させていただき、検討したい次第でございます」
はぁ~やれやれだ。
私は総理の言葉を聞くと、椅子に深くもたれ掛かり、わざとらしく深くため息を付いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます