第28話 強欲なままに

「視られる呪い……それが、私の……」


 その内容を聞いて岡崎きらりは今まで自分に降り掛かってきた嫌なことに納得できる気がした。

 視線がまとわりついてくるような、ねっちょりとした気持ち悪さ。思い出しただけでもおぞましさに身震いする。


「他人が自分を見てくると、見られているなと雰囲気を感じることがある。岡崎くんは特に感じているだろ?」

「はい。すごく」

「視線恐怖症と診断されることが多いが、気にしすぎで片付けられないのが君だ。百々目鬼どどめきの呪いの効果は、岡崎くんが意図していなくても、相手に好意的な視線を送っているものらしい」

「好意的? それって好きとかそういうの? うわっサイアクだ」


 時渡はこくりとうなずき話を続けた。


「見られているから見つめ返す。見つめ返した先からそんな視線を送られてたら、耐性のない男はイチコロさ。犯罪だと分かっていても手を出してしまう。ぞくに言う罪な女だな君は。もちろん犯罪に走るほうが悪いが」


 輝は自分が悪いのかと内心ムッとしたが、なんとか口に出さないですんだ。だが顔にはしっかりと不機嫌さが現れていたので、


「どんなことを言われてもポーカーフェイスでいられるようにすること。悟られると付け入られるぞ」


 と注意を受けた。

 言われ慣れていない輝は、恥とムカつきでカチンときて感情が爆発寸前まで膨らんだ。

 しかし以前死んだと思った体験がギリギリを踏みとどまらせた。

 顔を真赤にさせフグのようにぷっくりと膨らみ身体を震わせる。


(我慢だ我慢だ我慢だ我慢だ我慢だ……)


 鼻息を荒くさせる輝。

 それを見て敷童が冷たいハーブティーを出してくれた。


「これを飲んで落ち着くといいぞ」

「あ、ありがとう」


 気が利く子だ。それに引き換え私は……と複雑な気持ちになりながら、お腹いっぱいの胃の中にハーブティーを流し込むと、スゥっと熱が引いていく。


「はぁ~リラックスする~。ありがとうね敷童ちゃん」

「役になってよかったのじゃ。あとさっちゃんと呼んでくれてもいいぞ」

「それなら私も下の名前で呼んでほしいな」

「分かったぞキラリ!」

「え、う、うん。よろしくねさっちゃん」


 輝は一人っ子なため上か下が欲しいと親にねだり、複雑な顔をされたことがある。

 敷童は小さくてかわいくて気の利く子だ。

 妹ができたように感じて、キラリお姉ちゃんと呼んでくれると期待したのだが。

 まあ、こんなことを正すのもかっこわるい。心を広く持つべきだと自分に言い聞かせた。


(ポーカーフェイス。ポーカーフェイスね。やってやろうじゃないの)


 輝は深呼吸をすると見様見真似の演技姿勢に入ったのだが、


「こほん。えー、今までの話ですと勝手に魅力を振りまいてしまう罪な私ということですね? んん゛ん゛。呪いの正体が分かったことで一つスッキリしました。うん、まあ、相手の気持ちも分かるといえば分かる――分かりたくないけど、まあ、でも、

 そうかぁ……オーケー。この話はそういうことってことで。それで呪いをどうするかって話なんですけども、その情報はありましたでしょうか」


 若干声が上ずってしまったり感情が出そうになったり、まだまだ立派になれるのは先の様子。


「うむ。それについてもいい方法を思いついた。が、呪いについて再度君に問う。果たして百々目鬼がかけた視られる呪いは、ノロイなのかオマジナイなのか。本当に解呪していいモノなのか。君の人生に大きく関わる話だ。さて、どうする?」

「……」


 時渡の目が、声帯が、雰囲気がしっかりと考えろと伝えてくる。

 これを分からないほど馬鹿じゃない輝は焦りを捨て思考した。


ノロイ呪い、嫌なことや悪いこと。マジナイ呪い、良いことや願いごと。真逆の反応? 私にとっては嫌ですぐにでも解呪したいと思っていたけど、逆にプラスに働くこともあるのではないか。対照的な考えを持てと言われている? つまり見られて嬉しいと感じるそういう……)


 深く考えた結果これかと気付かされた。

 呪いの正体を知ると、人によっては贅沢な悩みだったのかもしれない。

 輝は手を合わせ答え合わせをしようと話しだす。


「なる、ほど。私は嫌悪感が先行していたので、早く解呪したいと願うばかりでした。しかし客観的に見るとこの視られるノロイは、アイドルや芸能人、政治家といった職業なら喉から手が出るほど欲しいマジナイに変わるんですね」


 晴れやかな舞台で注目される自分を想像しない女子はいないだろう。

 いつだってシンデレラストーリーに憧れて、本を読んだり映画を見たり会話にピンクの花を咲かせたり。

 呪いで苦しんでいた輝でも、SNSに投稿して返ってきた反応は、普段感じていたそれとは違い満足感を得ていた。

 呪いの効果をプラス思考で考えると、自己顕示欲が高かったり、承認欲求を満たしたい人には、魔女の魔法そのものだったのだ。


「私にとって……これは…………」


 いらないの一言が続かなかった。長年悩まされた問題を無くしたいと答えが出ていたのに、価値を見出したらもったいなくなってしまったのだ。

 現金なものだと輝は自己を知った。

 だからといって性被害を受け入れたいわけではない。

 心の天秤が大きく激しく揺れて、どっちが重いのか判断つかない。

 決断に言葉が詰まり沈黙が続いた輝の心情をみ取り、時渡が話し出す。


「君が例に上げた職業の人たちはとてつもなく強欲だ。自分が声を出せば人を勇気づけられるし、涙を流させることもできると信じている。言葉巧みに人を誘導し、金を、土地を、国を好き勝手に動かしている。彼らは頭がおかしいと思えるほどに自信に満ち溢れ、輝いている。成功者は欲に向き合い真っ直ぐに生きているんだ。その欲のためなら、マイナスをプラスにする努力を惜しまない。私もそうだ。異世界で欲望のままに動いたほうが、欲しい物を手に入れるのが容易だった。欲は行動に繋がり、行動は人生を進ませると学んだ。そんな経験からのアドバイスだ。“強欲に生きろ”」


 時渡の言を聞き輝は雷に打たれたような衝撃を受けた。

 輝は小説を読む。その中で心惹かれる主人公は皆、夢と希望を目標に行動しているが、一般の人間からしてみれば無理難題である。

 馬鹿にされ笑われる主人公。それでも自分ならできると信じている。まさに強欲だ。


(じゃあ視られる呪いをこのままにして自分の欲に使えと? ぬるい。こんな考えは強欲には到底及ばない。もっと欲を出したい。無茶だと言われるようなそんなものを……)


 輝は自分に初めて向き合った。進学だとか就職だとか騒ぐ時期だけど、目標がない彼女にとって、雲のようにふわふわした人生設計しか浮かばなかった。

 ここに来たのもたまたまだし、流れで就職できてラッキーだった。

 時渡の言葉を聞かなければ、やはり流されるまま指示に従って働いていただろうことは想像に容易たやすい。

 自分の人生を進ませる大事な一歩だと今実感した。

 目を閉じ小刻みに頭を上下して思考する姿はまさに棋士のよう。

 数秒後、本人的には長考の後、輝が出した答えは――


「私はこの視られる呪いを自由に制御できるようにしたい。スイッチのように切り替えれて、誰かに付与できたり奪うことも可能に! ノロイでもなくマジナイでもない。私に与えられたもう一つの能力として極めたい!」

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