第27話 甘いケーキと呪い

 大理石で作られた円卓に七つの椅子。壁にはキラキラと光る宝石が見え隠れしており、星のように輝いている。

 時渡封元ときわたりたかもと敷童幸恵しきどうさちえはこの貴賓室兼会議室で雑談をしている。

 昨日の食事処での話や前に住んでいた場所だったり噂話、そしてニュースの内容。

 動かなくてはならないことが山積みだ。

 猫の手を借りたいと思っていたところで、座面からにゅっと岡崎きらりが出現した。


「おおぅ! 不思議な感覚。あ、おはようございます」

「おはよー!」

「ああ、おはよう。朝早くから起きてるなんて感心感心。さて、呼び出したのは他でもない。私と君は年が大きく離れているのだが、そのためジェネレーションギャップが発生し、意思疎通が上手くいかないのではないかと危惧している。そこでだ。コミュニケーションを取り、世代の差を縮めるべきだと思い立ったのだ。岡崎くん、ケーキは好きかね?」

「え? はぁ、好きですが」

「それはよかった。実はとても美味しいお店のケーキを用意していたんだ。ティータイムといこう」


 そう言って時渡は右手を出し掴む動作をすると、なにもないところから、見ただけで分かる高級なケーキを取り出した。


「さあどうぞ。いちごを贅沢に使ったスペシャルショートケーキだ。紅茶もあげよう」

「うわ! すごい! 手品初めて見ました! いや、もしかして――魔法、だったり?」

「正解だ。今のは、引き寄せアポートの魔法といって、遠くにあるモノを近くに転送させることができる。瞬間移動テレポーテーションの一種だな。君をここに呼び出したあの本の魔法陣にも同じ効果が刻まれていて、椅子の座面が出入り口になっている。帰るときは椅子の魔法陣に触れながら、本の場所を思い浮かべ、『帰る』と念じるがいい」


 輝は少しお尻を浮かし覗き込むと、たしかに魔法陣が描かれていた。


「なるほど。すごい機能ですねってすごおおおおお!?」


 座り直してテーブルに目を向けると、一面デザートの山ができていた。

 噂に聞いたことがある夢のケーキバイキングそのものだ。


「遠慮せずに好きなだけ食べなさい」


 時渡は輝に伝えると、皿によそいだケーキをフォークで半分に切り一口で頬張った。


「――ただし、これは戦いだ。狙っていたケーキが取られても文句を言うなよ?」


 これだけあるケーキの山を見て、奪い合いに発展するはずもない。

 輝は変なことを言う人だなぁとおかしく思い、時渡の冗談だと受け止めた。


「あはははは、おもしろーい、ですね。それではお言葉に甘えていただきます! ん~~~! それにしてもすっごい絶景!! 幸せの森に迷い込んだみたい。はむ。んんんんぅぅううううぉいすぃいいいィい! なにこれなにこれっ!? 口の中でいちごの旨味が爆発したんだけどっ! こんなの、はむムグムグ、うほおお! はじめて、はむムグムグ、ぬほおお! 食べたアアア!!!」


 一口食べてはオーバーリアクションをする輝。

 見ていて気持ちのいい反応に、時渡はやはり女の子にはスイーツだなとうなずいた。

 最初に出されたケーキをペロッと食べてしまった輝は次のケーキを取る。


「あーんおいしいいい! 幸せすぎて頭が壊れちゃうよおおお! ンフフフフフフ~~」


 そんな自分の世界に入っている輝を置いて、テーブルの上にあるケーキは時渡と敷童の二人によって、驚異的な速さであっという間に消えていく。

 その食べっぷりに気づいた輝は普通に驚いた。


「うわっうわっっうわっっっ!? ちょちょっちょっちょっちょ……えええぇぇ」


 いや、ドン引きだ。


(ゾウさんだ! ゾウさんがいるよここに!! どうなってるのこの人達の胃袋は!?)


 ケーキを五個食べてお腹いっぱいになった輝は、六個目をちびちび食べながら二人の完食を見届けるのだった。


「ふう、おいしかったのじゃ」

「ああ、そうだね。岡崎くんは満足してくれたかな? 足りなければまた取り寄せるが」

「もうお腹いっぱいです、ごちそうさまでした! すごくおいしくてついつい六個も食べちゃいました。あとお二人の食べっぷりにもびっくりしちゃいました。あの量がなくなるもんなんですね。いやーもう、言葉が出ません」


 それを聞いた時渡は「そのうち君もいっぱい食べれるようになる」と口端を上げて答えた。


「いやいやいやいやいやっ! ムリムリムリムリムリッ!! お腹が破裂しちゃいますよ!」


 輝は手を振りながら全力で否定する。普通の女子高生がフードファイター顔負けの

 食事量になれるはずがない。


(まあ、あれだけ食べれるならさぞ幸せなんだろうけど。あれ? ちょっと心が動いてる? いやいや、絶対デブるし。ないないッ)


 痩せ体型が好かれる今の時代で甘いものばかり食べてしまっては、恐ろしいことになるのは明白だ。

 これといって運動をしていない輝は、先程食べた分を後で後悔するんだろうなぁと後ろめたいでいる。


「フッいずれ分かる。さて、リラックスもできただろうし昨日の続き、岡崎くんの

 話をしようじゃないか」

「っ! はい! お願いします!」

「実はさっちゃんの友達からちょうどいいタイミングで情報が入った。これを聞いた上で君はどうするか考えてほしい。妖怪の話をする。妖怪は人間から姿を見られないように特殊な能力によって隠れている。妖怪側から危害を加えようと思わなければ我々から認識できない。では過去に岡崎くんが百々目鬼どどめきを見たということは――」

「その意志があったと……だから私は呪いにかかった」

「そうだ。その考えに普通はなる。ところで岡崎くんはおまじないはするかい? 良いことがありますように、願いが叶いますように、運命の人と出会いますように。神様仏様と祈ったり、ミサンガやお守りといったグッズを身に着けたり。風水をかじって家具の配置を変えてみたり、ニュース番組の運勢占いを信じてみたり」


 これに輝は「もちろんしますよ。女の子ですから」と即答した。

 小さい頃から何かに付けて、この手の話題で盛り上がるのが、女子というもの。

 怖がりの輝はこっくりさんみたいなのはやれなかったが、周りの子で実践したと噂になったことがある。知りたくて聞きたくて頼りたくなってしまう。摩訶不思議が大好きなんだろう。


「なるほど。『おまじない』、ひらがなだと温かい響きで、良いことが起こりそうな

 印象だが、漢字で書くと『お呪い』となり、一転して暗くて重い悪いモノに感じる」


 時渡は指先に光を集め空中に書き出していく。

 輝が生まれたころにはすでにおまじない表記だったので、『呪い』の送り仮名表記は

 ノロイとしか覚えていなかった。

 輝の心がえも言われぬざわつきを覚えた。


「妖怪にも変わり種という者がいるらしく、百々目鬼がそのようだ。百々目鬼は目に絶対の自信を持っている。警戒心が強く索敵能力が高い。そんな百々目鬼は、人間から認識されないという恩恵を拒否した。見られるかも知れない、隠れ通してやる。その報酬として物を盗む。興奮と快楽を求めたんだろうね」


 時渡は紅茶に口をつける。輝もつられて紅茶を飲むと「まるで怪盗ルパンみたいですね」

 と頭によぎった単語を口に出した。


「ああまったくだ。日本で言えば石川五右衛門かねずみ小僧といったところか」

「あ、聞いたことあります」

「有名だからな。それで百々目鬼だが、行動をしている最中にもし見つけられたら、

 ある呪いをかけることにしている、と。

 それは隠密の逆。

 つまり岡崎くんがかけられた呪いは“視られる”呪いだということが判明した」

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